エンタメ

「おれも一緒に戦いたい」柳葉敏郎、強豪校主将を務める長男と目指した甲子園 飛び入り参加で踊った「ソイヤ!ソイヤ!」の親心

息子の夢を後押しした柳葉敏郎
写真3枚

 甲子園出場を決めて歓喜に沸く相手チームを前に、ひとりの球児がグラウンドに静かに崩れ落ちた。あふれる涙で立ち上がることができず、仲間に抱えられて最後の整列へと向かう。眉間にしわを寄せる悔しげな表情には、確かに父の面影があった。今年も数々のドラマが生まれた「夏の甲子園」地方予選。そのなかでひときわ大きな注目を集めたのが、冒頭の球児と父親の物語だ。

「7月25日に行われた岩手大会の決勝戦で惜しくも敗れた、盛岡大学附属高等学校の柳葉一路さん(3年)です。彼は柳葉敏郎さん(65才)の長男で、部員101人の大所帯をまとめる主将でした。

 レギュラーではありませんでしたが、三塁ベースコーチとして誰よりも大きな声でチームを鼓舞し、先頭に立って甲子園を目指しました。柳葉さんも毎試合のように秋田から球場へ駆けつけ熱い声援を送っていた。決勝戦こそスケジュールの都合で観戦が叶わなかったようですが、前日に“とにかく気持ちだぞ!”と声をかけ、気合を注入したそうです」(スポーツ紙記者)

 熱烈な応援の裏には、筋金入りの“子煩悩ぶり”がある。1997年に一般女性と結婚して長女に恵まれた柳葉は、「自分が育った自然豊かな環境で、のびのび育てたい」という思いから2006年に妻子とともに故郷・秋田へと移住した。現在に至るまで仕事のたびに、秋田から現場に向かう生活を続けている。

「その移住生活2年目に誕生したのが、一路さんでした。父の影響で始めた野球で才能を開花させ、中学3年生時には岩手の名門・盛岡大附から声がかかるまでに成長。ただ当時の一路さんは、強豪校での激しい競争に不安を抱いていました。そんな息子の背中を押したのが、柳葉さんなんです。“たとえ3年間ベンチに入れなくても、心身ともに強くなってくれたらそれで充分だ”と温かい言葉で送り出しました」(前出・スポーツ紙記者)

 入部直後の1年生時からリーダーシップを発揮し、昨年発足した新チームで主将に就任した一路さんだが、春に新入部員を迎えたことでチームは101人となった。大勢の仲間をまとめる重責に、「おれに務まるだろうか」と弱音を漏らしたこともあったという。そんなとき、一肌脱いだのは、やはり父だった。 

「保護者も参加して開催された、春の新入部員歓迎会でのことです。一路さんたち上級生が、かつて柳葉さんが所属した『一世風靡セピア』のデビュー曲『前略、道の上より』を余興で披露しました。すると突然、柳葉さん本人が飛び入り参加して、“ソイヤ! ソイヤ!”と大声を上げながら一緒に踊り始めたんです。息子が背負うプレッシャーを察知し、身をもって場を和ませようとする親心でした」(前出・スポーツ紙記者)

 ここまで全力でわが子と向き合うのには、柳葉自身の胸に秘めたある思いがあった。

「柳葉さんは8才のときに父親を亡くしています。だからこそ『自分が父親からしてもらいたかったことを、子供には全部してあげたい』という気持ちが人一倍強いんです」(柳葉の知人)

「甲子園に行くことがいちばんの親孝行」と誓った息子と、「おれも一緒に戦いたい」と話した父。二人三脚で目指した聖地にはあと一歩のところで届かなかったが、全力で駆け抜けた父子の絆はどんな栄冠よりも輝いていた。

※女性セブン2026年8月13日号

関連キーワード