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明石家さんま、“出禁解除”でテレ東に急接近 出川哲朗の旅番組に3回出演で30年以上の確執が氷解 テレ東内部では「さんま司会の地上波番組」の企画も浮上

テレ東の旅番組に出演した明石家さんま
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「テレ東をホームにしたからな」。明石家さんま(71才)が冗談交じりに言い含めると、出川哲朗(62才)は満面の笑みで「ありがとうございます!」と頭を下げた。

 7月11日に放送された『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』(テレビ東京系)の2時間半スペシャル。そこにゲストとして“降臨”したのがさんまだった。安いギャラと低予算が売りのこの旅番組に出演するのは、3年ぶり3回目となる。

「出川さん自身が『出ても何のメリットもない』と語るほどの過酷なロケ番組ですが、不思議とゲストは大物揃い。過去には中居正広さんや唐沢寿明さんが出演し、出川さんの熱烈なオファーで迎え入れられたのがさんまさんでした。3回も出てくれるあたり、テレビ東京らしい番組のゆるさがハマったということでしょう」(芸能関係者)

 さんまがほかのタレントの番組に出演することは極めて異例。何よりも関係者を驚かせたのが、長年、取り沙汰されてきたさんまとテレ東の確執が氷解したことだった。

「さんまさんが30年以上テレ東を“出入り禁止”にしていたことは有名な話。発端は1981年から1984年まで同局で放送されていた深夜番組『さんまのサタデーナイトショー』が品位に欠けるという理由で打ち切られたことでした。プロデューサーから『あと10年は続けたい』と言われた矢先の仕打ちにさんまさんはショックを受け、以来、一度もテレ東の敷居をまたぐことはなかったといいます」(別の芸能関係者)

 冠番組を失ったさんまが主戦場を移したのが、『オレたちひょうきん族』で勢いに乗っていたフジテレビだった。1984年4月から『笑っていいとも!』にレギュラー出演し、翌年には系列の関西テレビでトーク番組『さんまのまんま』を開始。1987年には『FNS27時間テレビ』の総合司会も務めた。

「1980年代のフジテレビのスローガンは『楽しくなければテレビじゃない』。当時のテレ東がいまでいうコンプライアンスに厳しかったのに対し、自由で風通しのいい企業風土のフジテレビがさんまさんの波長にぴったり合ったようです」(前出・芸能関係者)

 ところが、昨年表面化した不祥事やガバナンス不全に関する問題を受け、フジテレビは編成局とバラエティー制作局などを解体・再編。1980年代に掲げたスローガンも撤回した。そんな中、自他共に認める「フジッ子」のさんまが急接近しているのが、独自路線を貫くテレ東だ。

「きっかけこそ“出川に呼ばれたから”でしたが、お笑い怪獣のパワーは健在。“出禁”が解けたテレ東ではいま、さんまさんを司会に据えた番組を地上波でも企画したいという声が複数あがっています。さんまさん自身も、テレ東での仕事を増やしていくことに前向きだとか」(前出・芸能関係者)

 仮に冠番組が実現すれば約40年ぶりの“完全復帰”。業界の勢力図を塗り替えかねない大物芸人の動向に大きな注目が集まっている。

※女性セブン2026年8月13日号

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