
「私は運が悪い」とあなたは思っていませんか? でも実は「運がいい」と思っている人も「運が悪い」と思っている人も遭遇している事象は大差が無い場合が多いのです。「運」というものは必ずしも、その人がもともともっていたり生まれつき決まっていたりするものではなく「その人の考え方と行動パターンによって変わる」のです。「運がいい人」は自分の脳に「運が良くなる」考え方や行動パターンを習慣づけているとも言えるかもしれません。それではどのようにしたら良いのでしょうか? 脳科学者・中野信子さんの著書『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)から一部抜粋、再構成し、「運のいい」考え方や行動パターンを習慣づける方法を紹介していきます。【前後編の後編】
運のいい人はゲームをおりない
ゲームをおりないこと──。運がいい人はここを徹底しています。

私たちは生きていくうえであらゆるゲームに参戦している、といえます。わかりやすい例でいえば、受験や就職活動という名のゲーム。結婚し、家庭生活を送ることもひとつのゲームといえます。離婚し、家族が解散してしまえば、家族という名のゲームは終わりです。働くことをやめたら、仕事という名のゲームは終了。
このように、私たちはいくつものゲームに同時に参戦していますが、運がいい人というのは、自分が「これぞ」と思っているゲームからはけっして自分からはおりないのです。
「これぞ」というのは、自分なりの「しあわせのものさし」で測った目的や夢に関するゲームのこと。
ハリポタ作者は小説を書くことをあきらめなかった
たとえばファンタジー小説『ハリー・ポッター』シリーズの著者、J・K・ローリング氏は、いまでは世界中の人が知る有名な作家ですが、シリーズの第1弾『ハリー・ポッターと賢者の石』(静山社)を書き上げたときには、無名のひとりの女性にすぎませんでした。彼女は幼いころから小説を書くのが好きだったそうですが、なかなか小説を集中して書くという環境に身を置けなかったそうです。結婚生活には恵まれず、子どもを抱えて離婚。生活苦になり、うつ病もわずらいます。そんな困難を抱えつつも小説を書くことをあきらめなかった彼女は、うつ病を完治させ、生活保護を受けながら『ハリー・ポッターと賢者の石』を書き上げたのだそうです。
ところが、のちに大ベストセラーとなるこの作品は12社の出版社から出版を断られます。13社目にしてようやく出版が決定。それが世界的大ベストセラーとなり、続編も次々に出版されたのです。その後、彼女は再婚し、いまではイギリス国内でもトップクラスのお金持ちだそうです。
このような夢物語を彼女が現実のものにできたのは、「そもそも彼女に才能があったからだ」ともいえるでしょう。もちろんそうなのですが、どんなに才能があったとしても、もし彼女が「小説家になる」というゲームを途中でおりていたら、彼女の夢は実現していなかったはずです。つまり、ゲームをおりないことが重要なのです。とてもシンプルなことですが、運のいい人はみな、ゲームを簡単にはあきらめないのです。

といっても、目的や夢への道のりが失敗続きだとあきらめたくなるのも人間ですね。ゲームをおりないようにするには、「ゲームは常にランダムウォークモデルのように進む」と考えるのがコツです。
コインを投げたとき、表が出る確率と裏が出る確率は共に2分の1ですね。それをグラフにすることをイメージしてみましょう。たとえば1万回コインを投げたとき、表が出たらプラス1、裏が出たらマイナス1と進んでいくように点をプロットしていくといった調子です。
さて、いったいこの点はどんな動きをするでしょうか? 大半の人は、ゼロを中心とした狭い範囲を行ったりきたりする、とイメージしがちです。しかし、これは正しいモデルではありません。マイナス1万からプラス1万までの広い範囲を点は動く可能性があるので、ゼロを中心とした範囲に点がとどまる確率はごくわずかなのです。前にも述べましたが、これがランダムウォークモデルです。実際にコインを投げてみると、プラス200~300、あるいはマイナス200~300に落ち着く形になる場合が多くなります。
マイナスもプラスも公平に起きている
これを現実の目的や夢への道のりと考えてみましょう。マイナス方向は、目的や夢の実現に向けてマイナスの出来事が起きたとき、プラス方向はプラスの出来事が起きたときと考えます。

コインを投げたときと同様に、目的や夢に向かう道のりもマイナスの出来事、あるいはプラスの出来事ばかりが続く場合は少なくありません。しかし長期的にみれば、必ずマイナスとプラスの出来事が入り込みます。結果はプラスの出来事がほぼ半分、マイナスの出来事がほぼ半分、となるのです。
運が悪い人というのは、この長期的な視点をもつことができません。なので、マイナスの出来事が続いたときにゲームをおりがちなのです。たとえば投資やギャンブルで負けが続いたとき、最後に一発逆転を狙って持ち金をすべてつぎ込み、結局破滅してしまう人がいます。これと同じように、自暴自棄になって目的や夢をあきらめてしまうのです。
運のいい人は最後までゲームをあきらめない
一方、運がいい人は、マイナスの出来事が続いても簡単にゲームからおりません。負けが続いているときには最小限の損失になるよう努力し、次のチャンスに備えるのです。運がいい人も悪い人も、長期的にみれば、プラスの出来事とマイナスの出来事はほぼ同じ割合で起きているといえます。しかし運の悪い人はゲームを途中でおりてしまい、運のいい人は最後までゲームをあきらめません。結果、運のいい人はさらなる運を手に入れ、運の悪い人はますます運が悪くなってしまうのです。
つまり、運を手に入れられるかどうかは、その人がもともともっている運のよしあしではなく、「ゲームをおりるか、おりないか」の差にすぎないのだ、ともいえるでしょう。
そこで、目的や夢へ向かう道のりは常にランダムウォークモデルのように進む、と心得ておくのです。マイナスの出来事が立てつづけに起きるかもしれないけれど、いつかは必ずプラス方向に振れるときがくる、と考える。いつかくるプラスのときのためにいま何ができるかを考え、準備しておく。逆にプラスの出来事が続いても気をゆるめずに、夢の実現に向けてする。とにかくゲームをおりずに粘りつづける。これが最後に勝つコツといえます。
◆教えてくれたのは:脳科学者・中野信子さん

東京都生まれ。脳科学者、医学博士。東日本国際大学特任教授、森美術館理事。2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。著書に『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(日経BP)、『脳の闇』(新潮新書)、『サイコパス』(文春新書)、『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』(アスコム)、『毒親』(ポプラ新書)、『フェイク』(小学館新書)など。