
「老後資金2000万円問題」などもあり、「なんとなく足りなさそう」といった漠然とした不安感を持つ人も多い老後資金。しかし、『年金最大化生活』(アスコム)を上梓した、社労士みなみさんは、多くの人は年金だけでも生活していけるため、老後資金に関して過度な心配は不要だと話す。年金だけでも暮らせると考える理由と、簡単にできる年金額の増やし方について教えてもらった。
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老後の不安から投資を始める人は多い
50代くらいになると、「なんとなく老後の資金が足りない気がする」といった漠然とした不安感から、急に投資を始めたり、お金のことを真剣に考えたりする人は多い。しかし、社労士みなみさんによると、実際は夫婦の年金額の合計と平均的な生活費に大差はないそうだ。
「厚生労働省が、実際に年金生活を始めた65歳以上の人を対象に行った調査によると、約7割の人が『暮らしに心配がない』と答えています。年金や生活に必要なお金は、ちょっとした工夫で補うことも可能ですし、さらに増やすこともできます。増やした分、心に余裕ができ、暮らしが豊かになります」(社労士みなみさん・以下同)
年金も急に大きく減る心配はしなくていい
年金は年々減額されている点を心配する人もいるが、急に大きく減額されることはないため、この点についても特に心配はいらないという。年金制度はこれまで何度も改革が行われており、物価や賃金が上昇すると年金額を増やす調整が行われることもある。
「長期的には年金は減っていくとはいえ、少しずつです。過度な心配や焦りはいりません」
「老後資金2000万円問題」も必ずしも当てはまるわけではない
数年前に「老後資金2000万円問題」も話題になったが、これもすべての人に当てはまるわけではない。30年間で約2000万円の取り崩しが必要になるとされたこのモデルケースは、【1】夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦のみの無職世帯、【2】夫が95歳、妻が90歳になるまでの30年間は夫婦とも健康である、【3】毎月約5万5000円の赤字になる、というもの。
この赤字額は、2016年の家計調査報告書(総務省)に基づいた平均的な世帯(収入20万9198円、支出26万3718円)を想定したものだが、2021年の家計調査年報によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の平均収入は23万6576円(手取り額20万5911円)、平均支出は22万4436円だ。

「この数字から算出すると、毎月の赤字は1万8525円。30年間で必要なお金は、がくんと下がって約670万円です。算出のベースとなるモデルケースが変わると、これだけ変わってくるということです」
自分の老後の生活をシミュレーション
過度な心配や不安を抱えないためには、モデルケースの数字を鵜呑みにせず、自分の老後の生活をきちんとシミュレーションしておくことが必要だ。シミュレーションに必要な数字は、ねんきん定期便で確認できる年金の予想金額と、毎月の生活費。毎月の年金額より生活費が多ければ赤字であり、その赤字額に、想定される寿命の年数をかけた金額が、不足する老後資金ということになる。

「仮に5万円赤字だとしたら、100歳まで生きるとすると、5万円×12月×35年=2100万円不足することになります。10万円の赤字なら4200万円不足です。ようやく、ここでおおよその老後資金の目標が見えてきます。すでに貯蓄がある人は、その分を差し引いた額が目標になります」
年金額を増やすために考えたい「年金の繰下げ」
老後資金の不足が予想される場合は、何らかの対策が必要だ。老後資金のための対策としてまず考えたいのが「年金の繰下げ受給」。年金をもらい始める年齢は原則65歳だが、受給時期を少し後ろにずらすだけでもらえる年金額を増やすことができる。

「1か月遅らせるだけで、0.7%の上乗せになるのです。『え、たったの0.7%?』と思うかもしれませんが、仮に1年遅らせると0.7の12倍ですから、8.4%増えるということです」
66歳以降は1か月単位で加算
上乗せ率は66歳以降、1か月単位で加算されるため、5年遅らせて70歳からもらい始めた場合は42%、10年遅らせて75歳からもらい始めた場合は84%の上乗せになる。
「例えば、65歳で年間150万円の年金を受け取る予定だった人が、70歳まで繰り下げると213万円、75歳まで繰り下げると276万円に増額されるということです。そして、その年金額を死ぬまでもらい続けられます」
できる範囲で繰り下げるとその後の暮らしが楽になる
繰下げのメリットを最大限享受するには75歳まで年金なしで暮らせることが前提になるが、そこまでいかずとも、1~2年繰り下げるだけでも大きな金銭メリットを得ることができる。
「65歳を過ぎても年金以外の収入がある人や、当面は蓄えで生活できる人、大きな病気をしていない人などは繰下げ受給を検討してみはいかがでしょうか」
◆教えてくれたのは:社労士みなみさん

しゃろうし・みなみ。年金をはじめとする「老後のお金」をテーマに情報発信を行う社労士YouTuber。専門性の高い内容ながら、チャンネル登録者数は17万人を超える。かつては大手銀行に勤務し、投資信託などの資産運用のアドバイスを行っていたが、50代に入って子育てが落ち着いたことをきっかけに、社会保険労務士として開業。知識や経験のないまま投資を始めて失敗する高齢者が多い現状を変えるべく、「年金最大化生活」を提唱している。https://www.youtube.com/@around_retire