物価は上がり続け、年金が減らされ続けるいま、老後に備えたお金を貯めることにやっきになっている人も多い。しかし、使い切って死ねる人はほとんどいない。その「老後資金」が招くトラブルを避けるべく、実例から学んでおこう。
お金を貯めることに必死で「使い残し」が続出
8月2日、内閣府は2024年度の「経済財政白書」を公表した。そこで明らかになったのは、高齢者の3割超が「財産を使い切りたい」と思いながら、実際には「85才を過ぎても貯蓄の約17%しか減っていない」という衝撃の事実だ。
年齢別にみた資産の平均は60~64才の約1800万円をピークに、85才以降も平均1500万円超と、65才からの20年間で約300万円しか使っていないことになる。
多くの人が「このままでは老後にお金が足りない」と、必死にお金を貯めようとしているいま、なぜこんなにも「使い残し」が出ているのか。社会保険労務士でファイナンシャルプランナーの井戸美枝さんが分析する。
「理由は簡単で、みんな必要以上に不安を煽られすぎているのです。“1円でもお金を減らしたくない”という一心で、老いてから使ってもいいはずのお金を使わず、そのまま亡くなってしまう人が多いのでしょう」
不安に駆られるままお金を貯め込んだ結果待ち受けるのは「幸せな最期」ではなく「後悔の念」だ──。
お金はあるのに体力がない
「お金を使いたくても使えなくなってしまった」と告白するのは、夫に先立たれたSさん(78才)だ。
「亡くなった夫の口癖は“老後のために”で、子供たちが小さい頃からほとんどお金を使いませんでした。それなのに、夫は老後を謳歌することなく脳卒中であっという間に死んでしまったし、私もこの年では体の自由がきかず、やりたいことは何もできません。
子供には数千万円の相続ができましたが、40代の息子と娘は、子供の頃の反動かひどい浪費家になってしまい、いまだに独身。こんなことなら元気なうちに家族4人で行きたいところに行って、食べたいものを食べればよかった」
老後資金があっても、自由に使える健康な体がある保証はなし
自立して生活できる「健康寿命」の平均は女性75才、男性72才で、女性は健康寿命から亡くなるまでに10年以上のギャップがある。充分な老後資金があったとしても、それを自由に使える健康な体がある保証はない。そもそも、お金を使わないことが当たり前になってしまうと、次第に気力も奪われていくという側面もある。
「家から出ず、お金を使う楽しみを忘れてしまうと、“お金を使わないこと”が快感になっていく。たとえ2000万円貯まっても、そんな貯まり方では楽しくありません」(井戸さん)
独身を貫き、仕事一筋で必死に老後資金を貯め終えたKさん(69才)がその1人だ。
「お金の不安はなくなりました。でも、このお金でやりたいことが思いつかない。一緒に暮らす人もいないし、お金があるからもう働く必要もない。何をしてもむなしくて、このお金と引き換えに昔に戻りたい」
“お金を投じる楽しみ”がなければ資産の価値は半減
『75歳からの生き方ノート』などの著書を持つ著述家の楠木新さんが言う。
「お金をたくさん持っているからといって、必ずしも幸せな老後を送れるとは限らない。“お金を投じる楽しみ”がなければ、資産の価値は損なわれますし、人生の豊かさが失われます」
Mさん(33才)は、88才で亡くなった祖母の姿を振り返る。
「倹約家だった祖母は晩年、ブランドバッグや家に合わない調度品など、おかしなものばかり買って、浪費していました。祖父に先立たれた寂しさを紛らわす方法を知らなかったんだと思います。若いときから趣味や習い事、友人とのつきあいにお金をかけていたら、違う最期があったかもしれません」
自分や家族のためにお金を使う楽しみを知らず「ただ貯めること」が目的になってしまうと、老後の生活は空虚なものになるばかりか、時には命に危険が及ぶ可能性もある。Hさん(60才)は、80代の母について語る。
「母は私が子供の頃から吝嗇家でしたが、父が亡くなってからは“信じられるものはお金だけ”と、毎日通帳を眺めて暮らしています。“ヒートショックになるから”と、実家の風呂場のリフォームをすすめても“お金がもったいない”と断固拒否。お金より命の方が大切に決まっているのに」
プレ定年専門ファイナンシャルプランナーの三原由紀さんが言う。
「お金で健康は買えませんが、健康を維持するにはお金が必要です。段差のリフォームなどは足腰が弱ってからでも間に合いますが、浴室のリフォームや二重サッシなどで家の断熱性を高める工事は、できるだけ早く済ませておくべきです」
井戸さんは、終の棲家を考えて、長年暮らした戸建てから70平方メートルほどのマンションに引っ越したと語る。
「いずれ在宅医療や介護を受けられるようにバリアフリーのマンションを選びました。老後はもちろん、多少のお金の余裕は欲しいですよね。でも、だからといって無理して清貧生活をする必要はないと考えます。好きな食べ物があと何回食べられるかもわからないし、たとえ高級レストランでも年に数回なら生活できなくなるような出費にはなりません」(井戸さん)
※女性セブン2024年12月19日号