
「争族」と表現されることがあるほどに、相続問題が親族間で揉め事に発展するケースは少なくない。高齢化が進み認知症患者数が増加する昨今、新たな問題が起きている。伯母の不動産を相続予定だった女性が明かした、前代未聞の相続トラブルとは──
伯母から相続するはずだった約10億円の不動産が他人に
「私の知らない2通目の遺言書が出てきて、伯母から相続するはずだった約10億円の不動産が、すべて血縁関係のない、いわば他人の手に渡ってしまいました。その人とは以前から私も交流があったのに、伯母が亡くなるまで“新しい遺言書”があることを隠されていたんです」
疲れ切った表情で相続トラブルを明かすのは、Bさん(55才)だ。東京・恵比寿に多数の不動産を所有する資産家の家系に生まれたBさん。彼女を苦しめる相続トラブルの始まりは約10年前に遡る。
2014年9月、他界した実母から都内にある2億円のマンションを相続したBさんは、相続税が支払えずにその不動産を売却。彼女の将来を案じた母の姉(伯母)が、同年12月に、自身が持つ恵比寿近辺の13の不動産をBさんに相続するという遺言書を作成した。
「伯母は若くして2人の子供を亡くし、旦那さんとも離婚していました。ひとり暮らしだったこともあって、若い頃、近所に住んでいた私を本当の娘のようにかわいがってくれた。何度も旅行に連れて行ってくれたし、時には厳しく注意してくれることもありました。そうした親しい関係の中で、伯母は私のことを心配して『遺言公正証書』を作成してくれたんだと思います」(Bさん・以下同)

遺言公正証書は、遺言者本人が遺言内容を公証人と証人に口頭で告げ、公証人が文書にまとめて作成するものだ。裁判所の判決と同等の効力があり、相続をめぐる争いを未然に防ぐとされてきた。
だが伯母が昨年4月に94才で亡くなると、事態は急変した。2014年に作成した遺言書の内容が「撤回」され、伯母の不動産や預貯金といった財産のすべてを「A氏に包括して遺贈する」という別の遺言公正証書が、2019年2月に作成されていたことが判明したのだ。
このA氏こそがBさんが冒頭で「他人」と表現した、彼女が相続する予定だった約10億円の不動産を手にした人物だった。
伯母は2018年に「要介護5」の認定を受けていた
都内を地場とする不動産会社の社長で、Bさん一族の不動産の管理や運用を請け負っていたというA氏。Bさんの伯母との関係も深く、2014年作成の遺言書の証人にも名を連ねていた。
なぜ伯母は前の遺言書を破棄するだけでなく、血縁関係のないA氏にすべてを譲るという遺言書を作成したのか──予兆めいたものがあったとBさんは言う。
「いまから10年ほど前、伯母は唯一の友達とも言える女性と疎遠になり、外部との接点は住み込みの家政婦さんとAさんだけになったんです。すると月に一度会いに来る私の顔を見て“ドロボー!”と大声をあげるようになった。
2019年頃になると家政婦さんから“菌がうつるから近づいちゃダメ”と会うことさえ拒まれるようになりました。コロナ禍前だったのですが、“同居人以外が会うと命にかかわる”という不可解な説明でした。でもAさんとは会っていたようで……何らかの理由で、私を伯母から遠ざけようとしているのかもしれないと考えるようになりました」
2通目の遺言書に違和感を覚えたBさんは、弁護士に相談して調査を開始。すると、驚きの事実が明らかになった。

「伯母は2018年に介護保険制度の『要介護5』の認定を受けていたんです。要介護5とは、自立した生活が困難で、食事、入浴、排せつなど、日常生活のすべてにおいて介護が必要な状態。認定のなかで、もっとも重い状態に区分されていたんです」
さらに2019年6月に要介護認定の更新に用いられた資料は、目を疑う内容だった。
「主治医意見書には、短期記憶に問題があり、不安神経症を患っているとの記載がありました。専門の調査員が伯母の状態を確認して作成した調査票には、短期記憶ができず、ひどい物忘れがあり、日常の意思決定は困難。金銭計算ができず、お金の管理は全介助状態にあると記されていたんです。
これらは2通目の遺言書が作成された、わずか4か月後の資料です。金銭管理ができなかった伯母が、正常な判断のもとで遺言を口にできたとは思えません。弁護士を通じてAさんに連絡を入れたところ、“和解金”ともとれる1500万円の支払いを提示されました」
正当な形で作られた遺言書ではない可能性があると判断したBさんは、A氏の手に渡った不動産の売却などを禁止する仮処分を東京地裁に申請。裁判所は昨年11月、仮処分を決定した。
本誌・女性セブンはA氏の不動産会社に取材を申し込んだが、「答えません」と応じなかった。
トラブルを完全に防ぐことはできない
認知症患者数は増加を続けており、2030年には500万人を超すと試算されている。認知症が招く相続トラブルは他人事ではなく、今後の急増が懸念されている。
遺言公正証書を作成済みでも、「トラブルを完全に防ぐことはできない」と話すのは、相続相談を手掛ける司法書士法人ABC代表の椎葉基史氏だ。
「前提として、遺言書が複数存在する場合、最新の日付のものが優先されます。仮に遺言を残す人が要介護状態にあり、認知機能に不安があった場合でも、公証人と証人が“問題なし”と判断すれば遺言書を作成できます。また、費用はかかりますが、何度でも作成できます」
極端な話、相続を受けるはずの人が知らないところで、第三者が新たな遺言書を作成することも可能なのだ。そんな事態を避ける対策として椎葉さんが挙げるのが「家族信託」だ。
「財産を家族に託す『家族信託』を事前に結んでおけば、その後、“第三者に信託の対象となっている資産を遺贈する”といった内容の遺言が書かれた場合でも、原則、家族信託が優先されます。知らないところで、書き換えられる心配がなくなります」
A氏に対してBさんは、遺言書の無効などを求める民事訴訟を提起するとともに、詐欺罪などで刑事告発する準備を進めている。
「伯母が体調を崩して入院したときも、Aさんは“後見人”を自称して面会を拒みました。押し問答の末に15分だけ顔を見ることができましたが、気丈だった伯母は、会えなくなった数年の間にやせ細り、別人のようでした。会話もできる状態ではなかった。母のように接してくれた優しい伯母との時間も奪われたと感じています」(Bさん)
高齢化が進むなか、相続トラブルは新たな局面を迎えている。
※女性セブン2025年1月30日号