エンタメ

【全文公開】朝ドラ『あんぱん』出演決定の戸田恵子、やなせたかしさんとの25年にわたる深い絆 訃報の喪失感に苛まれる戸田を奮い立たせた“約束”

NHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演する戸田恵子
写真4枚

正義、非戦、命、食と飢え、そして愛と勇気──やなせたかしさん(享年94)は、作品にさまざまなメッセージを込めた。やなせさんの人生が「朝ドラ」となって多くの人に届けられているいま、深い縁で結ばれた名優が思いをつなぐ。

国民的キャラクター「アンパンマン」を生み出したやなせたかしさんと、その妻・暢さんをモデルに、昭和の激動の時代を描くNHK連続テレビ小説『あんぱん』。同ドラマの見どころの1つが、アニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ系)の声優陣の出演だ。

柳井嵩(北村匠海、27才)が通った芸術学校の教師・座間晴斗役には、ジャムおじさんやめいけんチーズ、カバおなどの声を務める山寺宏一(63才)。あんぱんのにおいに惹かれて買い物をする女性を、しょくぱんまんの声を担う島本須美(70才)。ばいきんまんを演じる中尾隆聖(74才)は、嵩の妻・のぶ(今田美桜、28才)が教師として採用された小学校の校長という役どころだった。

「『あんぱん』の登場人物は、『アンパンマン』のキャラクターをモチーフにしているといわれます。たとえば、ヒロインののぶはドキンちゃん、パン職人のヤムおんちゃん(阿部サダヲ、55才)はジャムおじさんといった具合です。そこに声優陣までリアル出演することで、物語にさらなる深みと感動を与えています」(NHK関係者)

声優陣の起用が続いたことで期待が膨らんだのが、アンパンマンの声を35年以上にわたって務める戸田恵子(67才)の登場だった。同ドラマの制作統括・倉崎憲氏が、放送開始前に行われた会見で「何かしらの形でご一緒できたら」と戸田の出演に含みを持たせる発言をしていたことが、期待感を一層高めた。

2008年、アンパンマンの映像化20周年を記念するパーティーでの戸田(左)とやなせさん
写真4枚

「実は7月に、満を持して戸田さんが登場します。戦後、新聞社に勤め始めた嵩の仕事相手という役柄で、嵩を助け導いてくれる人物です。ほかの登場人物同様、戸田さんの役どころも『アンパンマン』のキャラをオマージュした設定で、モデルは『てっかのマキちゃん』です。少し短気ですが、困った人を放っておけないちゃきちゃきした性格の女の子。マキちゃんのオマージュ役を戸田さんが演じるのには、とても大切な意味があるんです」(別のNHK関係者)

やなせさんは数多くのキャラを生み出し、2009年にはアンパンマンのアニメシリーズに登場するキャラ数の1768体がギネス世界記録に認定された。たくさんのキャラの中でも、マキちゃんへの思い入れは強かったようだ。

「モチーフの鉄火巻は、やなせさんの大好物でした。メインキャラではないにもかかわらず、マキちゃんのオリジナルソングがあるほどファンが多いんです。

生前、やなせさん自身がマキちゃんを、“主役を任せられそう”と言っていたほどで、“困った人を放っておけない”という、やなせさんが『アンパンマン』で伝えたかった大きなテーマを背負わせたキャラでした。制作陣はかなり早い段階で、戸田さんの人物設定や役名を、マキちゃんを想起させるものにしようと考えていたようです」(前出・別のNHK関係者)

戸田にだけ訃報が伝えられた

戸田自身も、やなせさんが愛したマキちゃんに着想を得た役柄を演じることを真摯に受け止めているという。戸田がアンパンマンの声優に起用されたのは、アニメ放映開始と同時の1988年のことだった。

「声優決定にあたって、やなせさん自ら候補者の声を吹き込んだカセットテープを聴きました。顔も名前も年齢もわからない中からやなせさんが選んだのが戸田さんだった。運命的な出会いでした」(アニメ関係者)

ただ、戸田にはアンパンマンの声を担当することに葛藤もあったようだ。

「アニメ開始時点で、アンパンマンの絵本は大ヒットしており、多くの子供たちにもその親にも認知されていました。すでに人気があるキャラに声をつけることで、“イメージと違う”という意見が出ることを戸田さんは心配していました」(前出・アニメ関係者)

かねてやなせさんは、アンパンマンのことを「史上最弱のヒーロー」「世界一弱い」と評していた。

「顔に水がかかるだけで弱ってしまい、すっかり戦えなくなってしまうのですからね。お腹をすかせている人に、自分の顔をちぎってあげても、やっぱり力が弱くなる。

でもそういった『自己犠牲』ができるのがアンパンマンの強さであり、ほかのヒーローにはなかった魅力でした。“弱いからいい”のです。やなせさんは、戸田さんの声がそういった“完璧さ”や“無敵さ”ではない、弱くても行動する“勇気”を広めてくれると感じたのでしょう」(前出・アニメ関係者)

アニメ放送開始時、やなせさんはすでに70才近かった(時事通信フォト)
写真4枚

最初の収録には、やなせさんも同席した。それが戸田とやなせさんの初めての対面だったという。以来、やなせさんと戸田の間には、約25年にわたる深い絆が生まれた。2人が公の場で最後に並び立ったのは、2013年4月の「新神戸アンパンマンミュージアム」のオープニングイベントだった。

「やなせさんはほとんど目が見えなくなっており、日常的に杖も使っていました。ところが杖に頼るのがカッコ悪いと考えたそうで、戸田さんにエスコートされるように彼女と腕を組んでステージに上がったのです。やなせさんが戸田さんに全幅の信頼を寄せていることが伝わってきました」(芸能関係者)

やなせさんが天国へと旅立ったのは、それからわずか半年後の’13年10月のことだった。

「やなせさんの訃報は、密葬が終わるまでごく一部の関係者を除いて伏せられました。声優陣にもほとんど知らされなかったそうです。それでも戸田さんにだけは伝えられ、やなせさんの自宅で“最後の対面”も叶ったそうです」(前出・芸能関係者)

やなせさんの死後、戸田は深い喪失感に苛まれ、アンパンマンの声を「もうやれない」と考えた時期もあったという。そんな戸田を奮い立たせたのは、やなせさんとの約束だった。2014年のお正月に宮城県の「仙台アンパンマンこどもミュージアム&モール」に行った戸田は、子供たちが「アンパンマン!」と応援している姿を見て、「こっちが泣いてばかりいたって仕方ない」と気づかされた。

「困ったこと、嫌なことがあったら、人を喜ばせることをしなさい。人生は喜ばせごっこだよ」

やなせさんのそんな言葉を思い出した戸田は、やなせさん亡き後、10年以上にわたってアンパンマンを演じ続けている。その声を通じて、やなせさんの願いは、子供たちへと受け継がれていく。

※女性セブン2025年6月26日号

関連キーワード