
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
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2002年4月3日の午前3時、岩手県宮古市内。誰も住んでいない家から火の手が上がった。鎮火された焼け跡からは遺体が見つかった。
遺体は以前、その家で暮らしていた横家春恵さん(仮名・79才)。司法解剖の結果、出火時にはすでに死亡していたうえ、胸の骨が折れているなど不審な外傷が判明した。捜査は殺人事件に切り替えられ、翌4日に、同居していた甥の妻・横家桜子(仮名・35才)が逮捕された。
「春恵さんは桜子の夫である横家正博さん(仮名)の叔母。正博さんは幼い頃に両親を病気で相次いで亡くしたため、正博さんの親代わりとなって育て上げました。近所の人は“本当の親子のようで一緒に買い物に行っていた”“春恵さんが独身だったのは甥を育てていたからではないか”と話していました」(地元紙関係者・以下同)
その生い立ちからか正博さんは春恵さんを絶えず気にかけていた。同居宅も春恵さんの家のそばをわざわざ選んでから引っ越し、「部屋が空いているから一緒に暮らさない?」と提案したという。
「春恵さんはうれしかったのでしょう。甥の提案を周囲の人に笑顔で話していたそうです。そうして事件前年の10月頃に、春恵さんと甥夫婦の同居生活が始まりました。しかし、それによって“嫁姑”の溝は深まってしまったようです」
鉄製の健康器具で十数回殴り、血痕は家電にまで飛び散った
取り調べによると桜子は、正博さんと結婚した1997年から春恵さんを恨んでいたという。理由は結婚式の資金援助を春恵さんから受けられず、式を挙げられなかったから。桜子は「ウエディングドレスを着られなかったのは夫の叔母のせい」と恨むようになったのだ。
「桜子はほかにも、日頃から友人に“叔母に嫌われている”“家具などを触られるのが嫌だ”と漏らしていました。一方で春恵さんも“私は口下手だし、共通の話題もない”と関係に悩んでいたようです」
春恵さんが悩んでいる間にも、同居する桜子は不満をため続けていた。そして4月1日の朝、桜子の食器を春恵さんが洗っていることに気がついた桜子は、「やめてください」と伝えた。しかし、春恵さんはそれを無視。腹を立てた桜子は、肘で春恵さんを転倒させ、殴りつけた。春恵さんもカッとなったのだろう。「殴りたかったら、殴ればいいじゃない!」と桜子をあおった。
「その発言で桜子は衝動的に鉄製の健康器具で十数回殴り、首を絞めました。血痕は室内の壁や床だけでなく、家電などにまで飛び散っていたそうです。さらに桜子は遺体を空き家に運び、焼死に見せかけるために灯油をかけて家ごと燃やしました。証拠隠滅のため、血痕のついたカーペットを隠すようにと実母に頼み、実母は自分の畑にカーペットを埋めています」
地裁は「動機は根拠のない独善的な思い込みで、被害者に落ち度があるとは思えない」とし、懲役14年の実刑判決を言い渡した。裁判を傍聴した正博さんは「妻の気持ちも叔母の気持ちも知らなかった。2人が相談してくれていたら…」と後悔の言葉を口にした。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年7月2日号