
男性型脱毛症(AGA)および女性型脱毛症に対して、従来とは異なる仕組みで発毛を促す新薬候補の臨床開発が進んでいる。
米国のバイオ医薬品企業アブサイ(Absci)は2026年6月、生成AIを活用して設計した抗体薬「ABS-201」について、初期の安全性と薬が体内にとどまる期間に関する中間結果を発表した。
毛髪の成長期を長く保つ新しい仕組み
・新たな標的→ABS-201は男性ホルモンではなく、毛周期に関わるプロラクチン受容体「PRLR」を標的とする抗体薬。
・作用の仕組み→毛髪が成長期から退行期へ移る信号を遮断し、毛髪の成長期を長く保つことを目指している。
・初期試験→健康な成人32人への単回投与では重篤な有害事象は報告されなかったが、人での発毛効果はまだ確認されていない。
AGAでは、毛髪をつくる毛包が徐々に小さくなる「毛包のミニチュア化」が進み、太く長い毛が細く短い毛へと変化する。男性では生え際や頭頂部、女性では頭頂部を中心に薄毛が目立つことが多い。
代表的な治療薬のフィナステリドは、男性ホルモンのテストステロンが、AGAに関係するジヒドロテストステロンへ変換されるのを抑える。一方、生成AIを活用して設計された抗体薬ABS-201は、男性ホルモンではなく、プロラクチンというホルモンの受容体「PRLR」を標的とする。
プロラクチンは母乳の分泌に関わるホルモンとして知られるが、毛包でも作用している。アブサイによると、プロラクチン受容体を介した信号は、毛が伸びる「成長期」から、成長が止まる「退行期」への移行に関係する。ABS-201はこの信号を抗体によって遮断し、毛髪の成長期を長く保つことを目指して設計された。
男性の頭皮組織を使った体外試験では、ABS-201が受容体の下流にあるSTAT5の活性化を抑え、毛包の成長期を延長したと報告されている。毛をつくる細胞の増殖やケラチンの産生を促すほか、IGF-1やFGF7など、毛の成長に関わる因子が増える変化も確認されたという。動物試験では、ミノキシジルを上回る発毛が見られたとしている。
ただし、これらは体外試験や動物試験の成果であり、人のAGAでも同様の発毛効果が得られるかは分かっていない。今回の臨床試験は、新しい作用機序を人に応用できるかを調べる初期段階に位置付けられる。
現在進められている「HEADLINE試験」は、AGAのある人とない人を含む最大227人を対象とする第1/2a相試験だ。薬を投与する人と偽薬を投与する人を無作為に分け、参加者や研究者に割り付けを知らせない方法で、安全性や有効性を比較する。
今回の中間解析の対象は健康な成人32人で、8人ずつ4群に分けられた。各群ではABS-201または偽薬を3対1の割合で割り付け、150mg、450mg、900mg、1800mgのいずれかを1回、静脈内に投与した。現時点で調べられたのは、主に安全性と、薬が体内にどの程度とどまるかを示す「薬物動態」となる。
単回投与では重篤な有害事象は報告されず、試験はAGAのある参加者に皮下注射を繰り返す次の段階へ進んだ。一方、毛髪が実際に増えたかどうかを示す臨床データは、今回の発表には含まれていない。新しい治療標的を人で検証する段階に到達したものの、発毛効果の評価はこれからだ。
発毛効果の評価は次の段階へ
・安全性→薬との関連が否定できない症状は5人に見られたが、いずれも軽く、最も多かったのは頭痛だった。
・投与間隔→薬の血中濃度が半分になるまで少なくとも65日と推定され、将来は半年に2~3回の投与で済む可能性がある。
・今後の予定→AGA患者への反復投与で毛髪の数や太さを調べており、発毛効果の中間結果は2026年後半に発表予定。
2026年6月8日までの中間集計では、32人の参加者に重い有害事象は報告されなかった。薬との関連が否定できない症状は5人に見られたが、いずれも軽いものだった。最も多かったのは頭痛で、4人に確認された。軽度を超える症状は頭痛の1件のみで、試験薬との関係は低いと判断された。
ただし、今回の結果は、ABS-201を投与した人と偽薬を投与した人を合わせた集計となっている。そのため、どの症状がABS-201を投与した人に起きたのかは、まだ分からない。
薬の血中濃度が半分になるまでの期間は、少なくとも65日と推定された。この結果から、将来は半年間に2~3回ほどの投与で済む可能性がある。毎日の内服や塗り薬が中心となる現在のAGA治療に比べ、治療の回数を減らせる点が特徴となりそうだ。
ただし、薬が体内に長く残るからといって、発毛効果も長く続くとは限らない。予想していなかった作用が起きた場合、それが長引く可能性もある。今後は、より多くの人を対象に、長い期間をかけて安全性を確かめる必要がある。
試験は次の段階に進み、AGAのある参加者にABS-201を繰り返し投与して、毛髪の数や太さなどを調べている。発毛効果に関する中間結果は2026年後半、より詳しい結果は2027年初めに発表される予定だ。
実際に発毛を促すのか、従来薬とは異なる選択肢になるのかは、今後の結果を待つ必要がある。
参考文献
【プロフィール】 星良孝/ヒフコNEWS編集長。ステラ・メディックス代表、獣医師、ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPで「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年にステラ・メディックス設立。医学会や研究会での講演活動のほか、報道メディアやYouTube『ステラチャンネル』などでも継続的にヘルスケア関連情報の執筆や情報発信を続けている。獣医師の資格を保有しており、専門性の高い情報にも対応できる。
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