
7月末の激震の爪痕が、いまだ生々しく残る熊本県。最大震度7の恐怖からわずか3週間後の8月18日、熊本城のすぐそばにある「熊本城ホール」は、喪失の悲しみや不安を吹き飛ばすかのような割れんばかりの大歓声に包まれた。
2000人以上の観客を前に汗だくで熱唱していたのは、歌手の長渕剛(69才)。この9月に古希を迎えるが、そのエネルギーはなお衰えを知らない。多数の著名人が被災地支援を発表するなか、いち早く傷ついた街へ赴き、自らの声で直接エールを送ったのだ。
「余震への不安に加え、被災地を慮る“自粛ムード”が広がり、イベントの延期や中止が相次ぐなか、長渕さんは熟考の末、『予定通りやる』と決断しました。多数のファンが押し寄せる懸念も一部でありましたが、実際には観光客が激減して悲鳴を上げていた飲食店などの助けとなり、地元からは感謝の声が多く上がったようです」(芸能関係者)
鹿児島県出身の長渕だが、実は祖父が熊本県菊池市の出身。その縁から10年前の熊本地震の折にも、幾度となく熊本の人々を勇気づけてきた。
「震災直後にラジオの緊急特番に出演し『おーい、熊本のみんな聞いてるか?』と呼びかけ、その後、避難所を電撃訪問。被災者一人ひとりと握手を交わし、名曲『とんぼ』を歌い上げました。今回自粛ではなく、あえて批判を恐れずにライブを断行した背景には、熊本との特別な絆と『何かあったら駆けつける!』という強い覚悟があるんです」(前出・芸能関係者)
長渕がこれほどまでに被災地に寄り添うようになった原点は、東日本大震災にある。
「惨状を前に『歌は無力だ』と絶望しつつも宮城県石巻市などを訪問した長渕さんは、現地の人々を歌で勇気づけられたことで、音楽の真の力を実感したといいます。近年では雑誌のインタビューで『聞き手がいなきゃ存在理由がない』と語るなど“誰かのために”という視点で活動することが増えているようです」(前出・芸能関係者)
一方、かねて彼の創作の原動力である「怒り」の感情も決して消えてはいない。
「昨夏、長渕さんのライブなどを手掛ける会社が、ツアー代金など約2億6000万円を長渕さんの個人会社に支払っていなかったと報じられました。その会社は破産手続きを始めていますが、今年5月の債権者集会では、約10億円ものツアー売り上げがあったのに、法人口座にはわずか64万円しか残っていなかったという衝撃の事実が判明。長渕さんが『断じて許さない』と激怒するのも当然の裏切り行為です」(前出・芸能関係者)
「理不尽への怒り」と「被災地への慈愛」を胸に臨んだ熊本の一夜だった。
※女性セブン2026年9月3日号