
今年7月26日にユネスコ世界文化遺産に登録された「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」は、奈良県で発見された19か所の古代遺跡群。約1400年のときを超えて、知るほどにおもしろい、日本誕生の物語が詰まった地を旅しよう!前回の「絶対に外せない必見スポット」に続き、今回は、よりディープに飛鳥・藤原を知ることのできるおすすめのスポットを飛鳥地域プロガイド・中島茂弥さんがご紹介!
※19の構成資産マップと「絶対に外せない必見スポット」をおさらいしたい方は、前回の記事(「⚫︎⚫︎⚫︎記事タイトル」)をご参照ください。
飛鳥水落(みずおち)遺跡
日本で初めて時を刻んだ記念すべき場所
660年に造られた日本最古の水時計台の遺跡。最上段の給水槽から最下段の受水槽に水を流し、目盛りの上昇によって時間を観測した。「それまでは日照時間で時間を観測していましたが、以降、正確に時間を計れるようになりました。中大兄(なかのおおえの)皇子が初めて漏刻を作ったと日本書紀に記されています」(以下、中島さん)
本(もと)薬師寺跡
薬師寺はもともとここにあった!

藤原京の西南に計画的に配置された国家寺院跡。金堂、東塔、西塔の基壇跡(建物の土台)がきれいに残っている。「平城京遷都の際に薬師寺も現在の場所に引越しましたが元祖はここです」
檜隈(ひのくま)寺跡
渡来系豪族が建立。百済の様式が窺える寺院跡

飛鳥宮の南西、かつての渡来系氏族の拠点にあり、有力な渡来系豪族である東漢氏が氏寺として造営したとされる仏教寺院跡。「マニアックな場所なので超歴史好きなかたにおすすめです」

大官大寺(だいかんだいじ)跡
藤原京にあった最大の国家寺院の跡地

藤原宮の東南に計画的に配置された、飛鳥・藤原エリア最大の国家寺院の跡地。710年の平城京遷都とともに移転され、大安寺として現在も法灯を継ぐ。「100m近い巨大な九重塔があったそうです」
山田寺跡
蘇我一族が造営した広大な寺院跡

7世紀中頃、蘇我倉山田石川麻呂の発願で造営された氏寺の遺跡。孫である鸕野讚良皇女(うののさららのひめみこ/後の持統天皇)の援助のもと、685年頃完成した。「非常に立派で、法隆寺よりも古い建築様式です」
菖蒲池古墳
誰の墓なのか…いまだ論争が続く

橿原市にある方墳で、2基の優美な家形石棺が縦に並んで安置されている。「有力者の墓であると考えられ、蘇我蝦夷・入鹿父子の墓説も…」
中尾山(なかおやま)古墳
巨大古墳は最終章へ。火葬して墓もコンパクトに

高松塚古墳の北側にあり、2020年の発掘調査では小型の石室を備えた八角墳であることが判明。「火葬で単独埋葬されており、天武天皇の孫である文武天皇陵ではないかと推測されています」
牽牛子塚(けんごしづか)古墳
家族愛を感じる三世代が眠る古墳

「牽牛子」には「朝顔」の意味があり、形が似ていたことからその名がついたとも。石室が2部屋並ぶ珍しい合葬古墳で、斉明天皇と娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)が眠るとされる。側には孫の大田皇女(おおたのひめみこ)の墓とされる越塚御門古墳も発見された。「見晴らしのいい丘の上にあり、眼下に明日香村を望める気持ちのよい場所です」

本郷’s EYE!

斉明天皇は皇極(こうぎょく)天皇時代に一度退位して、再度、斉明天皇として即位。同盟国の百済が唐と新羅(しらぎ)に滅ぼされたときも援軍に行ったり、溝掘りに3万人を動員する土木工事を行ったり、とてもパワフルな女性でした。(歴史学者・本郷和人さん)
酒船石(さかふねいし)遺跡
巨大な石に彫られた謎の幾何学模様は一体?

飛鳥宮跡の北東の丘陵にある、謎の模様が彫られた巨大な石。酒の醸造に使う道具との説からこの名がついたが、近隣で湧水施設が発見され、天皇による国家祭祀の遺跡と推定されるように。「水を流して占いをしたり、神聖な儀式に使われたりしたのではないかと推測されています。斉明天皇が造らせた説が有力です」
