
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
いまから50年前の1976年11月30日、都内から私鉄で多摩川を渡ったベッドタウンで事件が起きた。
返り血を浴びた主婦・大山元美(仮名・28才)は手にしていた包丁を洗うと、台所の棚へ静かに戻した。廊下や畳に飛び散った大量の血を拭き取り、自分と義母・マツさん(仮名・63才)の顔についた血もていねいに拭った。その後、元美による119番通報から、ほどなくしてマツさんの死亡が確認された。駆けつけた警察官に対し、元美はしどろもどろな言葉を継いだという。
「取り調べに対し、元美は病弱だったマツさんについて、“いつも死にたいと言っていたので自殺したのでは”と言ったと思えば、たんすの引き出しが荒らされた室内を見せて“強盗が入ったかもしれない”と証言を二転三転させました」(当時を知る地元関係者・以下同)
刑事を前に、薄っぺらな偽装が見破られないはずがない。警察署に連行されて3時間後、元美は自供を始め、殺人容疑で逮捕された。
追い込まれた嫁は生活苦を借金で補填
事件が起きた日、朝5時半に起きた元美はいつものように寝たきりのマツさんの顔を蒸しタオルで拭いていた。そんな元美にマツさんはこう言い放ったという。
「あんたは私の顔にわざとタオルを置いた。死人にやることだ。早く死ねばいいと思っているんだろ」
マツさんのささいな一言が、元美の感情を突き動かした。とはいえ、マツさんのネチネチした“口撃”はいつものこと。夫や義父が間に入り、その場は一旦収まった。
しかし、2人が外出すると“口撃”が再開。マツさんは元美に罵詈雑言を浴びせたという。
「結婚して1年8か月、ずっといびられ続けている」──元美の心の中の安全装置がはじけ飛んだ。
「元美は枕元にあった薬瓶を手にとると、狂ったようにマツさんの頭を何度も殴打。さらに台所から包丁を持ち出し、首や手首を切りつけたうえ、腰ひもで首を絞めて息の根を止めました」
恐ろしいまでの凶行に及んだ元美だが、彼女がそこまで追い込まれたのには事情があった。
「寝たきりのマツさんを抱えた一家の家計は医療費がかさむなどして火の車だった。なんとか元美がやりくりしていましたが、どうにもならず、自身の実家から借金をしていました。しかも、元美はマツさんらにいい嫁と言ってもらいたいと思うあまり、近所の住民などに“毎月1万円は貯金している”と見栄を張っていたとか。
そんな事情を知らずに、お金にルーズな夫は車検代などを貯金から払ってもらおうとしていた。困った元美は、義父名義の保険証書を無断で担保に入れて、郵便局からも金を借りました」
証書がなくなったことに気づいた義父は事件当日、郵便局へ事情を聞きに出かけた。
「バレたらマツさんに何を言われるかわからないとパニックになった元美は、積もった怒りも爆発し、犯行に及んだそうです」
義母を殺害した隣の部屋で、生後10か月の長男はスヤスヤと眠っていたという──。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年10月15日号