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《アンミカ対談》南果歩が語った『伽倻子のために』デビュー秘話 「この役をやるために私は生まれてきたんだ」とヒロイン役公募に応募

南果歩さんとアンミカさん
南果歩さんとアンミカさん(撮影/葛川栄蔵)
写真3枚

モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第31回のゲストは南果歩さん。

果歩さんはいつも瞳がキラキラ輝いていて、少女みたいに無邪気でかわいらしいかたなんです。ふんわりと包み込んでくれる笑顔は天使のよう。そのお人柄に引き寄せられて、年齢層も職種もバラバラな人たちが果歩さんを慕って集まります。どんな人ともすぐに仲よくなっちゃう果歩さんのチャーミングさ、私も身につけたいです!

アンミカ:果歩さんに会えるのが楽しみで、果歩さんのようなヌーディーで大人っぽいメイクにしようとしたら薄くなりすぎて…私、幸薄い顔になってませんか?

南:全然!ミカちゃんは素顔が幸の厚い顔だから、どんなメイクでも素敵よ。

アンミカ:うれしい!

南:ミカちゃん、この間クロアチアに行ってたじゃない。私も行ってみたいと思ってたの。

アンミカ:最高でした!ご飯もワインもおいしいし、ヨーロッパの国の中でいちばん好きになりました。

南:そんなに!?イタリアはひとりでふらっと行くんだけど、今度はクロアチアにしようかな。

アンミカ:私もクロアチアへ行くまではイタリアがいちばん好きだったので、果歩さんも絶対気に入ると思います。旅の志向もそうですが、果歩さんとは共通点が多いですよね。お互い韓国にルーツがあって、きょうだいも5人。

南:私は5人姉妹の末っ子なの。父が早くに亡くなって母が私たち5人姉妹を育ててくれたので、家の中はもう女性だらけ(笑い)。

アンミカ:5人姉妹だとそれはもう立派な社会ですね。年齢も生きる世界も異なるお姉さまたちから、それぞれ違う価値観が学べそう。

南:長女とは11才離れているし、自分が知らない社会を姉たちが2、3歩先に歩いてくれていたことで、私の世界がとても広がったと感謝しています。

アンミカ:おませさんに自然となりそうですね。

南:そうなのよ。小学生のときの憧れの有名人は、フランスの俳優、カトリーヌ・ドヌーヴでした。

アンミカ:周りは『明星』とか見て、どのアイドルが好きとかやっていたでしょうに! 

南:そうそう。そんな中、私は洋画雑誌の『スクリーン』とか『ロードショー』とか読んでたの。話が合わなくて私だけ違う星にいるような感じでした。

アンミカ:それが俳優の道へとつながったのでしょうか。

南:映画は映画で別世界として考えていたかな。俳優を目指した原点は自分のルーツがあるように思います。物心がつく頃から「私は何者なのか」と自問自答が始まって、ずっと答えを探していました。

アンミカ:わかります。私も似たようなことを繰り返していました。

南:自分が何者かを表現するためにダンスをしてみたりとか、いろいろな糸口を探したんだけど、踊りだけでは自分を表現する思いが満たされなかった。それで言葉で表現する術を探し始めたんです。姉の本棚から本を借りて読むのもそう。演劇に触れたのも言葉を求めたからでした。

アンミカ:お姉さまたちが触れてきたものの影響の大きさを感じますね。俳優になりたいという夢にもお姉さまの影響が?

南:それについては逆かもしれません。就きたい仕事があっても、国籍の壁などで苦しんでいる姉たちの姿を見ていたので、夢というものを抱かないように意識してたように思う。

アンミカ:挫折を間近で見て現実を知ってしまうということですね。そうしたら短大の演劇科へ進学されたのは、俳優への道を決意されていたわけではなかったんですね。

南:夢とかではなくて、自分を表現するために目の前の好きなことをやるしかないと思って、演劇の勉強をしに東京へ出てきたんです。

アンミカ:演劇科ではどんなことを学ばれましたか。

南:古典から入ってチェーホフ、シェイクスピアなどを読み漁って。あと、映画館に足を運んで名画をたくさん見ました。

アンミカ:やっぱり洋画を?

南:両方見ていたけど邦画に目覚めましたね。兵庫県尼崎市から上京して初めて見た小栗康平監督の『泥の河』に心打たれて、日曜日は“名画座巡りの日”と決めて、1日4本ぐらい見るんです。

アンミカ:ハマると、とことんタイプですね!

南:贅沢な時間よね。で、上京して1年が経った頃、新聞に掲載されていた映画のヒロイン役公募の広告を見つけたんです。

アンミカ:デビュー作の『伽倻子のために』ですね。

南:そう。しかも、私を日本映画へいざなってくれた小栗監督の作品で。原作も高校時代に読んでいたんですよ。

アンミカ:お姉ちゃんの本棚から。

南:そう(笑い)! 主人公の生い立ちと重なるものを感じるところがあって、「この役をやるために私は生まれてきたんだ」と思って、その場で履歴書と課題の作文を書いて応募しました。

アンミカ:自分は何者なのかという問いが原動力となって、行動も起こして。2200人の中から選ばれたんですよね。そのときは10代ですか?

南:19才ですね。きっと運だけでここまで来てるんだと思います。

アンミカ:準備が整ったときにチャンスの神様がやって来ると言いますが、果歩さんはご自身の感性で、その神様を呼び寄せている気がします。

南果歩さん
南果歩さん(撮影/葛川栄蔵)
写真3枚

自分の中での演技の正解とは

南:小栗監督との出会いも巡り合わせでした。監督も自身2作目ということもあって、命がけで。選んでくださったときに「おれには果歩を選んだ責任がある。でも、果歩も選ばれた責任があるからね」と言われたんです。大人と子供くらいの年の差だけど、同等に扱ってくれることで、仕事への責任感が生まれる環境を作ってくださいました。

アンミカ:厳しくもあるけど、愛情たっぷりの言葉ですね。

南:本当にそうでした。いい演技ができない日には「今日はもうおしまい!」と撮影が終わることも(笑い)。涙を流すシーンひとつとっても、表層的なものでごまかさない大事さをデビュー作から学べたのはありがたいことでした。

アンミカ:初主演で、鮮烈なデビューを飾ったわけですが、そこで俳優になる決意を?

南:そうでもなかったんです。自分の人生をかけた作品に出会えたことで、次の一歩の踏み出し方がわからなくなってしまって。

アンミカ:一種の燃え尽き症候群といいますか。

南:そうね。でもやっぱり演じるということは、自分を探すことに通じるなと思えてきました。映画も素晴らしいけれど、舞台にも出てみたいと思って舞台のオーディションを受けて、念願だった舞台出演も叶いました。

アンミカ:実は最近、少しずつ演技をさせていただく機会が増えていて、「50代の新人俳優」として先輩にお伺いしたいことがあるんです。

南:もちろん!

アンミカ:演技の正解がわからなくて…。本番中にOKとカットがかかっても、もう1回やらせてほしい! とモヤモヤした気持ちを抱くことがあるんです。もちろん監督の判断を信頼しているんですが、経験を積んでいけば自分の中での演技の正解って見つかるのでしょうか。

南:ふふ。その感情は一生続くものよ。

アンミカ:えっ!

南:だから私は撮影中にモニターで演技の確認はしないんです。監督がOKならOKだと信じるようにしています。一方で、自分の中では「うまくできなかったな」と落ち込む。そんな毎日ですよ。

アンミカ:果歩さんほどのキャリアでもそうなんですね。

南:挫折の連続でしかないですよ。もうね、落ち込むために仕事をしているのかって思うくらい(笑い)。頭で想像する演技は無限大だけど、自分の肉体は1つだし有限だからね、そこには差が生まれちゃうの。それで完成した作品を見て、「ここもダメ、あそこもダメ」って、毎回ひとり反省大会。でもおかげで次の作品への宿題がたくさん見つかるんです。それが次へ向かうモチベーションにもなっています。

アンミカ:これまでの俳優人生の中で完璧にできたと思えた作品や演技はありましたか?

南:ないですね。もし完璧にできたと思えて、「これが私の代表作です」と言えるものに出会えたら、俳優をやめると思います。

アンミカ:こうして直接覚悟をお伺いすると、すさまじいプロ意識に感動します。でも、果歩さんの演技をずっと見ていたいな。いまお話ししていても果歩さんの表情がコロコロ変わるのが素敵で、ずっとお顔を見ちゃうんです。

南:ええ~、そんなそんな。

アンミカ:まばたきするのも忘れて見入ってたから、ドライアイで私の目、充血してますよね。私の赤い目でガン見は圧が強すぎる!

南:あははは。いいのよいいのよ。

アンミカさん
アンミカさん(撮影/葛川栄蔵)
写真3枚

被災地で気付かされた物語が持つ力強さ

アンミカ:果歩さんは絵本の読み聞かせの活動もなさっていますが、これもやっぱり言葉での表現を大切にするという思いから始まったんですか? 

南:復興支援がきっかけなんです。阪神・淡路大震災のときに、妊娠中だったこともあって思うようなボランティアができなかった。忸怩たる思いをずっと抱えていたら、東日本大震災が起こりました。舞台のお稽古を控えていたんだけど、自然の猛威を前に俳優という仕事が何の役にも立てないと思えて、モチベーションを失ってしまったんです。

アンミカ:不要不急として、エンタメ産業のあり方が問われました。

南:自分ができることがないかと、震災発生の翌月に避難所を22か所ほど回ったんです。

アンミカ:考えるより行動、ですね。頭が下がる思いです。

南:さまざまな境遇のかたが避難所の床にお布団を敷いて生活なさっていて、その一人ひとりとお話をさせていただくと、「これからもたくさんドラマに出てね。ドラマが見たいのよ」という言葉をたくさんいただいたんです。

アンミカ:被災者のかたがたのリアルな言葉ですね。

南:物語を欲していることに衝撃を受けて、自分の仕事を侮っていたなって。それで少し落ち着いた頃に絵本を持って被災地を回ってみたんです。保育園や幼稚園、小児病棟などで読み聞かせをするとね、子供たちは笑顔になって喜んでくれるけど、大人は涙を流されるんです。抱えているものが大きいから心を潤すものが必要なのね。でも感情を出すってやっぱり生きるっていうことだと思うから、琴線に触れるものを届けられたらと続けることを心に決めたんです。

アンミカ:被災者の皆さんの涙が気づかせてくださった。

南:その後もさまざまな被災地で読み聞かせをしてきましたが、最近は都内でもご要望があると幼稚園などで絵本を読んでいます。

アンミカ:読み聞かせだけでなく『一生ぶんのだっこ』(講談社)という絵本の執筆もされていて。

南:あの絵本はコロナ禍にリモート朗読をする物語を考えて、生まれたもの。まだ息子が幼いときに寝る前に絵本を読み聞かせていて、その当時に綴っていた詩がベースになっています。大切な人にはハグしてね、というお話よ。

アンミカ:果歩さんはハグするような笑顔でいつも迎えてくださるかただから、タイトルと果歩さんがリンクします。

南:やーん、うれしい。ぜひダーリンにも読んでハグしてあげて。

アンミカ:ハグしながら読ませていただきます!

南:その姿が想像できる! 本当にラブラブでうらやましい(笑い)。

(次号、後編へ続く)

南果歩さんのHLLSPD

南果歩さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!

Happy:何をしているときが幸せですか?

毎朝目覚めたとき

Lucky:小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?

どの現場でも必ず晴れること

Love:あなたが好きな言葉は?

行き当たりバッチリ

乳がんやうつ病を経験した50代を経て、「自分史上最高!」の60代へ。後編でも幸せの輪が広がります!

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。9月17日に自身がプロデュースした『ポジティブ手帳2027 365日、アン ミカ思考で幸運体質!』(小学館)が発売。

◆南果歩

みなみ かほ/1964年生まれ。1984年に映画『伽倻子のために』のヒロイン役でデビュー。以降、映画やドラマ、舞台等で活躍。2015年には映画『MASTERLESS』で全米デビューを果たした。近著に『還暦スマイル 〜人生を笑顔で生きるために必要なこと〜』(小学館)がある。

撮影/葛川栄蔵 構成/渡部美也 衣装/ブラウス、スカート/ともにピンキー アンド ダイアン、ネックレス、ピアス/ともにアビステ(アンミカさん)、ジャケット、パンツ/ともにMIHOKO SAITO(南果歩さん)

※女性セブン2026年10月22日号

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