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アンミカが引き出す、安藤和津のポジティブトーク!大借金に母の介護…試練を乗り越え「やっぱり幸せは色彩豊かじゃないといけないと思う」

安藤和津、アンミカ
左から安藤和津、アンミカ(撮影/飯岡拓也)
写真3枚

大きな笑顔でいつもポジティブなモデル・俳優のアンミカさんが、お迎えしたゲストの人生を軽快かつ奥行きのあるトークで深掘りする連載「アンミカのカラフル幸福論」(女性セブン掲載)が早くも話題に! 2人目のゲストは、家族ぐるみで親交のあるエッセイスト・コメンテーターの安藤和津さん。人生の苦楽を経験した安藤さんの知られざる過去をアンミカさんが深掘りします。

幸せな光をここまで繊細に感じるのは、暗闇を経験したからこそ

アンミカ:和津さん、お久しぶりです。ロケでご一緒させていただいたり、プライベートでお目にかかったり、よくお会いしているので、少し会わないと久しぶりな感じがします。

安藤:確かに、ちょっと久しぶりね。早速なんだけど『アンミカのカラフル幸福論』という連載のタイトル、本当に最高! カラフルって言葉が、アンミカちゃんにぴったり!

アンミカ:和津さんにそう言ってもらえると、とてもうれしいです。

安藤:やっぱり幸せはカラフルじゃないといけないと思うの。私、約12年におよんだ母の介護で大変だったとき、目に映るものすべてがモノクロの世界になっていたんです。思い返せばうつ病が原因だったんだけど、そのときにモノクロだと感じながら生活していたわけではなく、うつが抜けて初めて「あぁ、私ってこれまで色が見えてなかったんだな」って気づいたの。

アンミカ:実体験から出てくる言葉はやっぱり重みが全然違います。本当に、おつらい日々だったんだと思います。今日はいろいろな話を聞かせてください。

安藤:もちろんなんでも聞いて! アンミカちゃんはまさに“七色に輝く女神”という感じで、とっても聞き上手。だから、みんないろいろ話したくなるんだと思うわ。

大借金に母の介護 人生は試練の連続

アンミカ:うれしいなぁ。和津さん、最近小さなことでも「ラッキー!」とか「助かったな」って感じたことありますか?

安藤:最近はね、ミニスカギャル3人に助けられました。

アンミカ:ギャル3人に!? すごく気になります。いったい何があったんですか?

安藤:初めてひとりで「くら寿司」にチャレンジしたんだけど、セルフでの支払いができなくて困っていたら、つけまつげバサバサの超ミニスカギャル3人が「おばさん、ちょっと待ってて」と声をかけてくれたの。それで私が座っていた席まで行って「あっ、お皿が詰まってる」ってながーいデコ爪で、投入口へお皿を押し込んでくれて一件落着。ギャルってなんてカッコいいの?って拝んじゃったくらい大感動大感激だった。

アンミカ:そう感じる和津さんの心もみずみずしい。どんな人にもいつでもフラットに接しているから、お友達や出会う人の年齢層の幅が広いんだなと思うんです。

事前にいただいたアンケートで「人生で何を幸せに感じるか」という質問への和津さんの答えが心に残っています。「ぬか漬けがいい感じに漬かっていた」 「庭に花が咲いた」「猫が甘えてくる」「スーパーでお買い得品を見つけた」…ほかにもたくさん書いてくださったうえで、最後に「小さな幸せが日常にいっぱい」とあって。読みながらキュンとしたと同時に、幸せな光をここまで繊細に感じるのは、暗闇を経験したからこそとも思いました。日常をここまで愛でられる境地は、相当ご苦労をされないと至れませんよね。

安藤:はい、“ご苦労”は山盛り(笑い)! 夫(俳優・監督の奥田瑛二)が映画作りで大借金を抱えたり、私自身が母の介護を機にうつに悩まされたり…。振り返ると「なんでこんなことばかり?」という試練の連続でしたね。

アンミカ:その渦中にもお会いしていましたが、いつでもしなやかでにこにこしていらしたように思います。嵐が来てもたおやかに立ち続ける柳のよう。だから助けることの方が多くなるのでしょうか。

アンミカ
アンミカ(撮影/飯岡拓也)
写真3枚

安藤:どうなんでしょう…。私はおいしいケーキが1つだけ目の前にあったら、自分が食べるより、みんながおいしそうに食べているのを見る方がうれしい性格なんです。だからといって聖人君子なわけじゃありませんから、どうも毎回割りを食っているな、と思うことだってありますけどね。

アンミカ:利己ではなく利他で動ける人は世の中に必要で、だからこそみんなが手をつなぎ合える。だけど、時に“憎まれっ子世にはばかる”タイプの人だけが得をしているように見えることもありますよね。何が損か得かは自分の心が決めることだけど、利他の精神を持たれるかたには、神様が不思議な苦労をお与えになるな、というのはいつも感じています。

安藤:たしかに本当に次から次へと試練が続いたわ…。でもきっとそういう星の下に生まれてきたんだろうなって最近思うの。

「しゃべる仕事によく就けたよな」

アンミカ:和津さんのお母さまも若くから料亭を切り盛りされて、ご苦労をなされたとご著書で拝読しました。和津さんのおじいさまが犬養毅元首相で、お父さまが元法相の犬養健氏。華麗なる家系ですが、内縁関係だったこともあり、お母さまは女手一つで和津さんを育てられたんですよね。

安藤:そうなんです。経済的には恵まれていたけれど母は寝たきりの祖母や身体障がいをもった母の妹も抱えていたので、本当にいつも忙しくて。いま思うと、5才の私が交通事故で半年間入院していたときも、病室で一人で過ごしていた記憶しかないの。

アンミカ:えっ、和津さんが交通事故に?

安藤:料亭の敷地内で遊んでいたらオート三輪が突っ込んできて、ひかれたの。死んでいてもおかしくない大事故。でも不幸中の幸いで内臓の損傷は免れて、大腿骨と肩の複雑骨折ですんだけれど。入院中の記憶は薬のにおいや、かぶれた傷口のかゆみしか残っていないの。さみしいとかつらいとかの感情はなかった。心に蓋をしていたのか湧き上がってこなかったんだと思う。

アンミカ:ご自分で感情に蓋をされる選択をしたんですね。一人の時間は入院中以外も多かったんですか?

安藤:夏休みも母が忙しくて一緒にいられないので、軽井沢の旅館に一人で1か月泊まっていました。まだ小学3、4年生くらいかな。旅館の人に「一人で夜寝るのは怖くないの?」と声をかけてもらったのを覚えています。

アンミカ:周りからしたら小学生が一人で軽井沢なんて、「やっぱり犬養さんのお孫さんだから裕福なのね」と思ったかもしれない。でも子供心ではお母さんといたい、軽井沢じゃなくていいから友達と遊んでいたいって思っていたんじゃないですか。

安藤:そうそう、そうなの!

アンミカ:子供って大人が思っている以上に、実は孤独を抱えていますよね。

安藤:それで気がついたら、つらい、悲しいと誰に対しても言わない、感情に蓋をする子になっちゃった。

アンミカ 時には、感情を出すこともあったんですか。

安藤:小学校ではずっと無口だったかな…。自分の言葉を相手がどう受け取るかを恐れて、男の子にかばんを隠されてもほとんど抵抗しなかった。

アンミカ:いまの和津さんの表現や表情の豊かさを知っているからこそ、言葉と感情に蓋をしていた過去があったことは意外です。

安藤:だから小学校の同窓会では、いまだに「しゃべる仕事によく就けたよな」と言われるくらい。

アンミカ:お母さまとの間で感情の爆発はあったんですか?

安藤:中学3年生のときに学校に意地悪な子がいて、「あなたの家、料亭やっているでしょう。昨日ウチのパパが行ったんだけど、今日のお弁当、パパの残り物じゃないの?」って言われて。それから1か月以上不登校になったの。母は「学校に行きなさい」としつこく言ってきたけれど、正直に理由を打ち明けたら母も傷つくし、いじめられていることを言うのも自分が傷つくし。

アンミカ:心配をかけると思うと、悩みがあっても、親御さんには言い出せないですよね。

安藤:でも結局、母と学校のことで大げんかになって、とうとう「なんで私を産んだの?」と言ってはいけない一言を放ってしまった。あの強い母が黙って涙を浮かべてた。母こそが孤独な環境のなかで耐えてきたのに、とんでもないことを言ってしまったと心が余計に苦しくなって。私も負けちゃいけないと、学校にまた通いはじめました。

アンミカ:苦しかったでしょうけどすごいです。和津さんは親御さんの涙から心情を察して、一生懸命悩んで自分から学校へ戻られたんですもの。

安藤:アンミカちゃんがそう言ってくれると“チビ和津”が少し救われる気がするわ。

アンミカ:苦労した経験の記憶から逃げない和津さんだからこそ、いまの裏表のない優しさがあるんですね。

イギリスのどんよりとしたくもり空がスカーッと晴れ渡った青空に見えた 私が私として自由に存在できる

アンミカ:苦労といえば、和津さんは大学進学後に、日本を飛び出して単身イギリスへ留学されていますよね。

安藤:それは父の遺言です。女性も社会へ出る時代になるから英語だけは身につけさせておいた方がいいよと、母にずっと言っていたそうなの。

アンミカ:女性一人での当時の留学は大変でしたか?

安藤和津
安藤和津(撮影/飯岡拓也)
写真3枚

安藤:それが最高だったの! 英語もできない状態で初めて使うコインランドリーも、銀行口座の開設も、一人で試行錯誤するのが楽しかった。

アンミカ:苦手だ、大変だと戸惑う人が多そうですけれど、和津さんはそれを楽しんだんですね。

安藤:というのも日本では母が全部管理しようとして、自分の意志は通せなかった。早く自分で道を見つけたいとずっと思っていたから、自分の力でどうにかできたときの喜びといったら! あのイギリスのどんよりとしたくもり空がスカーッと晴れ渡った青空に見えたくらい。

アンミカ:気持ちひとつで、景色の色も変わりますもんね。

安藤:あっちでは私のことを色眼鏡で見る人もいない。だって誰も私を知らないんだもの。ただKAKO(本名の愛称)っていうジャパニーズ。私が私として自由に存在できる場所がイギリスでした。

アンミカ:記号みたいなものが外れて心が軽くなって。そうした留学での経験は、その後の和津さんの人生にどんな影響を与えたんでしょうか。

安藤:やっぱり自分の子育てには大きく影響したかな。私の母は贅沢を山ほどさせてくれた。でも、私がいちばん欲しかったものは、母が忙しすぎて与えてもらえなかったんだなってイギリスで気づいたから。

アンミカ:親子の時間や母のぬくもりですね。そして、自由。

安藤:反面教師と言ったら「母」に申し訳ないけれど、私が母になってからは働き盛りでどんなに忙しい時期でも、一日のなかで5分だけでも必ず一人ずつ娘をハグしていたの。長女との時間には次女は絶対入れないようにして、じゃあ次は妹の番ねって。親子で心が触れ合う時間を守っていました。

アンミカ:孤独や苦労といった経験と一つひとつ向き合い、愛のパワーに変えていく和津さんの生き方は人生の先輩として学ぶことが多いです。

安藤和津さんのHLLSPD

安藤さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!

Happy:何をしているときが幸せですか?

庭に花が咲いたとき、猫が甘えてくるとき、化粧がうまくいったとき(ほか多数)

Lucky:最近小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?

“おひとりさま”で行った「くら寿司」で、ギャル3人に助けてもらったこと

Love:あなたが好きな言葉は?

素直に伝える「大好き」

安藤和津さん、夫婦関係について衝撃宣言⁉ ノンストップ対談の後編は次号。

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。20個以上の資格を生かし、さまざまな商品をプロデュース。

◆エッセイスト・コメンテーター・安藤和津

あんどう かづ/1948年生まれ。キャスターを経て、エッセイストやコメンテーターとして活躍。自身の介護体験をもとにした著書多数。講演活動も行う。夫は俳優・映画監督の奥田瑛二。長女は映画監督の安藤桃子、次女は俳優の安藤サクラ。

衣装:ブラウス、スカート/ともにLEONARD ピアス、リング/ともにアジュテア ケイ(アンミカさん)、ブラウス、パンツ/DUE deux(安藤和津さん)

※女性セブン2026年2月5日号