
血液のがんを告知されたその日、藤田誠氏は妻と並んで、東京タワーを背に記念写真を撮った――。2026年2月の衆院選で埼玉14区から初当選した衆議院議員である。ライブドアを経て起業し、上場企業グループの会長も務める藤田氏は、2023年12月、50歳で「マントル細胞リンパ腫」と診断され、のちにステージ4と判明した。5年生存率は3割程度。過酷な治療の末に寛解したが、再発率の高いタイプで、いまも再発の不安とともに生きている。そんな「がん患者の国会議員」が著書『ロンジェビティ・エコノミー 115兆円の「長寿市場」で強く豊かに』(小学館新書)に綴ったのは、長く生きることへの切実な思いだ。同書から抜粋して紹介する。
■東京タワーの下で
2023年12月13日。東京・三田にある病院に、私は妻を電話で呼び出しました。医師から「血液のがんです」と告げられ、この先の詳しい話は二人で一緒に聞こうと決心したからです。やがて到着した妻と診察室に並んで座り、静かに説明を聞きました。
説明を聞き終えて病院を出ると、冬の澄み切った空に向かって東京タワーがそびえ立っていました。私はそのとき、妻にこう言いました。
「これは大切な1日目だから、一緒に記念写真を撮ろう」
二人でカメラに収まりながら、私の胸にはさまざまな思いがよぎりました。クリスマスカラーに彩られたこの東京タワーを、私はあと何度見ることができるのだろうか。小学生の娘が晴れ着姿で迎える成人式を見ることは、もう叶わないだろうか──。あの日、私を包み込んだ、何とも言えない深い寂しさを、いまでも鮮明に覚えています。
のちの精密検査で、病名は「マントル細胞リンパ腫」、しかも「ステージ4」であることが判明します。インターネットで検索して目にした5年生存率は、わずか3割程度。私が50歳を迎えた冬の出来事でした。
がんの告知を受けてから、ステージ4というシビアな数字を突きつけられるまでの10日ほど。世の中の景色がやけにキラキラと輝いて見えました。すれ違う見知らぬ人々も、街のネオンも、なんの変哲もない路地の風景さえも、妙にまぶしく感じられたのです。
俺は遠からず、この世からいなくなってしまうのかもしれない──。
そう思った瞬間に、これまで当たり前だと思っていた風景の一つひとつが、急に値打ちを持ち始めました。自分の人生の「終わり」を意識して、初めて気がついたのです。長く生きられるということは、それ自体が一つの尊い「資産」なのだということに。
やがて始まった闘病生活。無機質な病室のベッドで私の心を激しく揺さぶったのは、治療に対する不安や恐怖だけではありませんでした。会社はどうなるのか。仕事は続けられるのか。愛する家族に何を残せるのか。社会における自分の役割はまだ残っているのだろうか。そして、もう一つ。もし、がんを抱えたこの体にまだ「使い道」が残されているとすれば、私は残りの命を何に使うべきなのか──。そんな根源的な問いが、頭の中をずっと巡り続けていました。
■一度は「陰性」と言われた
がんは、いまも日本人の死因の第1位です。働き盛りの世代をも容赦なく襲います。それでも、早期に見つけて治療できれば、就労も生活の質も大きく守れる病気です。ただし厄介なのは、その「早期発見」が思うほど簡単ではないことです。私自身が、まさにそうでした。
最初の異変は、右の顎の下にできた枝豆ほどの小さなしこりでした。気になって受診し、生検まで受けました。結果は「陰性」。検査は一度、「シロ」と言ったのです。ところが秋になって切除してみると、それは血液のがんでした。もしあの「陰性」を信じ切って、放っておいたら。いまでも、ぞっとします。
■「この1週間をどう乗り切るか」
がんと診断されたその日から、周囲の「時間の流れ」はガラリと変わります。昨日まで当たり前に続くと思っていた予定や役割が、突然「条件付き」のものになる。
数か月先の予定を立てることすら暫定的になり、足元が覚束なくなる。治療が一段落しても定期検査は続き、「再発の不安」は消えません。次の検査まで、あるいは次の治療まで「この1週間をどう乗り切るか」。そうした小さく区切られた時間の中で、息を潜めるように生きるようになります。
その極限状態のときに人が本当に求めるのは「こんな制度がありますよ」という冷たい説明ではありません。自分はこれからどう働けるのか。どんな選択肢が残されているのか。私が繰り返し語ってきた「見通し」なのです。
■仕事は「生きる意味そのもの」
私自身、仕事があることで自分は「ただ病気と闘うだけの存在」にならずに済みました。社会的な役割がある。人とつながっている。明日や来週のことを考える確かな理由がある。病気の経験者にとって、仕事とは収入を得る手段である以上に、「生きる意味そのもの」になることがあると知りました。だからこそ私は、病気と仕事の両立は、単なる制度の話であると同時に、「人間の尊厳の話」だと思っています。
■「長生き」と聞いて、何が浮かびますか
「長生き」と聞いて、あなたが最初に思い浮かべたのは、「老後のお金は足りるだろうか」ではなかったでしょうか。親が長生きすると聞いて、心のどこかで「介護はどうしようか」と身構えなかったでしょうか。
それは決して、あなたが冷たい人間だからではありません。国の言葉も毎朝の新聞も、スマートフォンの画面も、私たちに向かってずっとそう語り続けてきた。その必然的な結果にすぎないのです。
■そんな国を、次の世代に渡したくない
私は、この国をこのまま次の世代へ渡したくはありません。世界でいちばん長生きできる国に生まれたのに、長生きの先が怖い。長く生きるほど、誰かに申し訳なくなる。そんな社会を子どもや孫の代にそのまま手渡すのかと思うと、どうしても頷けないのです。
■間に合ううちに
最後に、正直に書いておきます。私のがんは再発率の高いタイプです。来年には、また再発するかもしれない。私は常にその可能性とともに、この本を書いています。
長く生きることが希望である社会を、間に合ううちに、設計し直したいのです。
※『ロンジェビティ・エコノミー 115兆円の「長寿市場」で強く豊かに』(藤田誠著、小学館新書)より抜粋 https://www.amazon.co.jp/dp/4098255170