エンタメ

SixTONES・松村北斗と上白石萌音、朝ドラ共演時とは全く異なるアプローチで見せた「絶妙なバランス」

『夜明けのすべて』場面写真
松村北斗と上白石萌音が共演(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

松村北斗さん(28歳/SixTONES)と上白石萌音さん(26歳)がダブル主演を務めた映画『夜明けのすべて』が2月9日より公開中です。ベストセラー作家である瀬尾まいこさんの同名小説を原作とした本作が描くのは、それぞれに“生きづらさ”を抱えた男女が特別な関係を築いていく物語。鑑賞後には胸に温かいものが残る、そんな作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや松村さん、上白石さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

* * *

瀬尾まいこさんの同名小説を、大注目の三宅唱監督が映画化

本作は、『僕らのごはんは明日で待ってる』や『そして、バトンは渡された』などがこれまでに映画化されてきたベストセラー作家・瀬尾まいこさんによる同名小説を映画化したもの。メガホンを取ったのは、大きな注目を集める三宅唱監督です。

『夜明けのすべて』ポスタービジュアル
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

三宅監督といえば、前作『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が映画賞を総なめにしたのが記憶に新しいところ。俳優との驚くべき化学反応を起こした演出や美しい映像に多くのかたが胸を打たれたことでしょう。

その三宅監督が松村さんと上白石さんを主演に迎えて描くのは、現代人の抱える生きづらさと、ある種の癒し。この時代を生きる私たちにあたたかな光をもたらす、とても優しい作品なのです。

パニック障害を抱える山添くんと、PMSに翻弄される藤沢さん

月に一度、PMS(月経前症候群)で感情が抑えられなくなる藤沢さん(上白石)。これは周囲にはうまく打ち明けられない、彼女の個人的な悩みです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

そんな藤沢さんはある日、同僚の山添くん(松村)のとある些細な行動がきっかけで怒りを爆発させてしまいます。それは周りのみんなを心配させるほどのものです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

転職してきたばかりだというのに、まるでやる気が無さそうに見える山添くん。けれども彼もまたパニック障害を抱えていて、自らさまざまなことを諦め、生きがいも気力も失っているのです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

やがてふたりは心優しい職場の人々の理解に支えられながら、友だちでも恋人でもない、どこか“同志”のような特別な関係を築いていくことに。自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと考えるようになっていくのです。

バイプレイヤーと気鋭俳優が体現する、溢れ出しそうな優しさ

本作は、瀬尾さんの原作に映画オリジナルの要素が加わっています。例えばそれは、山添くんと藤沢さんを囲む人々の設定。みながそれぞれに生きづらさを抱え、目の前にある自分の人生に向き合い、他者に向き合っています。

2人が勤める栗田科学の社長を光石研さん、藤沢さんの母親をりょうさん、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦さんといったバイプレイヤーがそれぞれ演じ、山添くんの恋人を『ひらいて』(2021年)や『こいびとのみつけかた』(2023年)などの芋生悠さん、藤沢さんの友人を、放送中の朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)の藤間爽子さんら気鋭の俳優が演じています。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚
『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚
『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚
『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚
『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

スクリーンから溢れ出しそうな人々の優しさ。そのような作品の中心に、松村さんと上白石さんは立っているのです。

松村北斗と上白石萌音が朝ドラ『カムカム』ぶりの共演

松村さんと上白石さんが共演するのは、2021年から2022年にかけて放送された朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)以来のこと。同作でふたりは夫婦を演じましたが、その仲は戦争によって引き裂かれてしまいました。この不幸に対して方々から悲痛な声が漏れてきたものです。視聴者の誰もが心に傷を抱えることになったのではないでしょうか。

そんな2人が本作で演じるのは、すでに記しているように、それぞれに“生きづらさ”を抱える男女です。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

“男女”とくくってしまうと、すぐに恋人関係を想像するかたがいるかもしれません。それはこれまでに多くの創作物の中で描かれてきたものですから、しょうがないとも思います。ですが男女の間に、友情でもなく、恋愛でもない特別な関係が成立することだってたしかにある。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

絶妙な距離感で互いの心に触れる山添くんと藤沢さんの関係を、松村さんと上白石さんは『カムカムエヴリバディ』のときとはまったく異なるアプローチで立ち上げているのです。

バランスが絶妙なふたりの掛け合い

松村さんが演じる山添くんが抱えるのはパニック障害で、上白石さんが演じる藤沢さんが悩んでいるのはPMSによる症状。

山添くんは非常にマイペースな性格の持ち主です。発作が起きないように心を平穏に保つためには、これが正解だと思います。けれども他者の目には“自分勝手なヤツ”だと映るかもしれない。気遣いの人である藤沢さんには、やはりそのように映ります。そしてPMSの症状でイライラが抑え切れなくなった彼女は怒りを爆発させるのです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

このときの上白石さんの演技は、ぐいぐいと怒りのメーターが上がっていき、ある瞬間を機に一気に振り切れるもの。普段の藤沢さんはとても人当たりのいい人間ですから、当然ながら誰もが驚きます。観客である私たちも同じ。しかしいくら感情が振り切れるといっても、上白石さんの表現そのものは独りよがりなものではありません。これはあくまでも演技であり、演じるにあたって“見られている”という冷静な視点を持っているのが感じられる。さすがは主演俳優としてさまざまな作品の看板を背負う上白石さん。そして彼女のこの冷静で丁寧な表現が、松村さんとの掛け合いのハーモニーを生んでいるように思います。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

すでに記しているように、山添くんは非常にマイペースな人物です。終始おっとりとしたローテンションで、周囲に流されることがない。そんな彼に対して藤沢さんはストレートに言葉を、感情を、ぶつけてくる。もしもこれがただ激しいだけでは、その後の展開にはつながらないでしょう。ふたりの関係は断絶しかねません。藤沢さんは怒りたくて怒っているわけではない。感情がコントロールできずに溢れ出してしまうのです。

いつしかこれをマイペースな山添くんは受け流すようになります。演じる松村さんは上白石さんの演技に変に引っ張られることなく、ただただ山添くんとして存在し続けます。それは上白石さんもまた然り。山添くんのペースに乗せられることなく彼女は感情を発露させます。いえむしろ、彼がマイペースであればあるほど藤沢さんの怒りはヒートアップする。本作はこの演技の掛け合いのバランスが絶妙なのです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

しだいにふたりのこのやり取りは、多くの観客にとって心地良いものとなることでしょう。ときにはクスリと笑えたりもします。『カムカムエヴリバディ』のときとはまったく異なる関係性で再会し、そのゆるやかな心の交流は私たちに“癒し”をもたらすのです。

山添くんも藤沢さんもすぐそばに

山添くんや藤沢さんが抱えて悩んでいるものは、はたから見て分かるものではありません。病院で同じ診断結果が出ていたとしても症状は千差万別。パニック障害もPMSも、ひとくくりにはできません。その苦しみは当人にしか分からないのです。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

いま隣にいる誰かも、もしかすると何かしらの悩みを抱えているかもしれません。「自分勝手な人」「怒りっぽい人」などといって突き放したりすることなく、まずは相手と向き合ってみる。心の声に耳を傾けてみる。

『夜明けのすべて』場面写真
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
写真18枚

山添くんと藤沢さんの関係を見ていて、改めてこのことの重要性を感じます。これは相手に手を差し伸べるだけでなく、自分自身を救うことにだってつながるかもしれません。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
写真18枚

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

●岡山天音、菅田将暉&仲野太賀と起こした化学反応 勝負作での全身全霊のパフォーマンス

●綾野剛、新人を導く先輩俳優としての器の大きさ 映画『カラオケ行こ!』で見せた抑制の効いた演技

関連キーワード