さまざまな分野の最前線で活躍し人々の憧れのまとである人にも、目標にし、励まされ、時には手を取り合った「憧れの人」がいる。人生を輝かせた「あの人への思い」をインタビューした。俳優業だけでなく、劇作家や演出家としても活躍する渡辺えり(69才)。多彩な活動を支える「憧れの人」は、劇作家・演出家・俳優の唐十郎さん(享年84)だ。
渡辺が書いた戯曲が偶然、目に留まる
自ら脚本を書き、演出し、出演するいまの渡辺のスタイルは、唐さんに影響を受けてのものだという。
「高校生の頃、新聞に唐さんの作品の劇評が載っているのを見てお名前を知ったのが“出会い”です。卒業後、故郷の山形から上京して新宿の劇場の長蛇の列に並んでチケットを買い、唐さんと蜷川幸雄さんが演出した『盲導犬』を観劇して衝撃を受けました。脚本や演出そのものはもちろん、女性が活躍する内容に胸を打たれ、いつか自分もこんな劇団をつくりたいと決心したんです」(渡辺・以下同)
それから約10年後、25才になった渡辺が書いた戯曲『夜の影』が偶然、唐さんの目に留まった。
「私の作品を岸田國士戯曲賞候補作だと勘違いして唐さんが読み“これは面白い”と、井上ひさしさんなど、当時大先輩の劇作家のかたがたに紹介してくださった。翌年『ゲゲゲのげ』で実際に賞をいただいて、唐さんと私の交流が始まりました。
高校生の頃からずっと憧れていた人と一緒に仕事をして、舞台の打ち上げで同じテーブルを囲んでお酒を飲んだりできるなんて、夢のようでした。唐さんからは“山形出身なら、花笠音頭を歌ってよ”なんて言われて、毎回歌っていました(笑い)」
当時、日本の演劇界で活躍する脚本家や演出家は男性ばかり。女性蔑視の風潮も色濃い中、唐さんは渡辺を軽んじることはなかった。
「当時は、女性が目立つと足を引っ張られる時代。でも唐さんは、男性陣のかたがたと同じように私とも接してくれて、ご自分の戯曲の演出まで任せてくださった。努力すれば報われると思えたのは、唐さんがいてくれたから。
礼儀正しく紳士で偉ぶることがなく、純粋に“見習いたい”と思わせる人なんです」
「唐さんから学んだことは生き続ける」
そんな唐さんは今年5月、急性硬膜下血腫で亡くなった。
「ずっと追いかけ続けてきた唐さんが亡くなり、精神的支柱を失ったような気持ちでした。でも、唐さんから学んだことは私の中で生き続けます。
シュールだけどリアリティーがあって、個性的な出演者一人ひとりの人生が見えてくるような演出。そして、戦争の焼け跡からよみがえる日本の演劇を見てきた唐さんがいつも作品を通して訴えていた、平和の大切さ。これからも唐さんと培ったものを決して忘れず、何才になっても芝居を続けていくつもりです」
尊敬する唐さんに背中を押されて男社会で道を切り拓いてきた渡辺は、来年には古希を迎える。
「最近、ありがたいことに女性から“憧れです”と声をかけていただくことが増えました。女性は年を取るとどうしても孤独になりやすく、気分がふさいでしまうことも多いですよね。でも、日本のおばさんはせっかく若い頃に苦労してきたんだから、もっと堂々と胸を張ってパワフルに生きてほしいんです。
私も古希を迎えますが、年齢を理由に諦めたり、引っ込む必要はないと思っています。例えば電車の中で泣いている赤ちゃんに『うるさい!』なんて言うおじさんがいたら、飛び出していって赤ちゃんをあやしちゃう。自分がこれまでしてきた苦労をほめて、これからの自分に自信を持って、生きていけたらいいですよね」
【プロフィール】
渡辺えり(わたなべ・えり)/舞台芸術学院卒業後、1978年に現在の「劇団3○○(さんじゅうまる)」にあたる「劇団2○○(にじゅうまる)」を立ち上げ、脚本・演出・出演を担当。2025年1月8~19日まで、東京・本多劇場にて『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』を作・演出。
※女性セブン2024年11月14日号