《「繰り上げ」「繰り下げ」どちらが得?》年金受給額が支払い総額を上回る損益分岐点「60才に繰り上げなら74才」「70才繰り下げなら77才」…重要なのは「健康寿命」

1月24日、厚生労働省は来年度の公的年金額を「1.9%引き上げる」と発表した。3年連続の引き上げだが、だまされてはいけない。金額が引き上げられても、物価はそれを上回る勢いで上がり続け、実質的には目減りし続けているからだ。
65才以上の夫婦が余裕を持って暮らすには「月38万円以上」
「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんが説明する。
「公的年金は、物価の上昇率もしくは賃金の上昇率において、低い方を基に調整されます。また、その引き上げ率は賃金上昇率を上回らないようにするルールもある。来年度の場合、基準となる賃金上昇率は2.3%で、物価上昇率は2.7%。マクロ経済スライドによってマイナス0.4%の調整もあり、結果として、実際には物価上昇率より0.8%も低い年金しか受け取れないことになりました」
額面の数字が何度引き上げられても、物価高に太刀打ちできるだけの年金を受け取ってはいないのだ。

そもそも、実際はいくらあれば「充分な老後資金」といえるのだろうか。『50代から輝く! 「幸福寿命」を延ばすマネーの新常識』の著者で、日本経済新聞社コンテンツプロデューサーの田中彰一さんが言う。
「65才以上の夫婦ふたりで余裕を持って暮らすために必要な資金は『月38万円以上』といわれています。ところが、世界中でインフレが進んだいまの世の中ではそうはいかない。足元の物価上昇率は2~3%ですが、生鮮食品等の高騰を踏まえると、生活実感としては4~5%に達しているでしょう。今後は月40万円、年間では480万円ほど必要になると考えた方がいいかもしれません」
もはや年金だけで暮らすことは不可能。“生活費の足し”である年金を、自分でどれだけ増やすかが明暗を分けるのだ。
重要なのは「いつまで元気でいられるか」
年金を増やす手段は2つ。第一の手段が、受給開始時期を遅らせる「繰り下げ」だ。1か月遅らせるごとに0.7%増額され、75才まで繰り下げれば、受給額は184%にまで増える。実質的に“国の運用で増やしてもらう”パターンだといえる。
一方、受給を早める「繰り上げ」では、1か月ごとに0.4%減額され、60才までの5年繰り上げると、受給額は24%も減らされてしまう。一見すると繰り下げの方がお得に思えるがそうではない。ファイナンシャルプランナーの服部貞昭さんが言う。
「厚生年金の平均受給額は約14万4000円。この金額を受け取る人は、現役時の平均年収が約416万円で、40年間厚生年金保険料を支払っていたので、本人が支払った年金保険料は約1493万2800円になります。
損益分岐点、つまり受け取った年金の総額が、支払った総額を上回るのは、65才から受給開始の場合だと74才。一方、60才まで繰り上げると損益分岐点は72才、70才まで繰り下げると77才、75才受給だと80才です」
繰り下げるより、繰り上げて早く受け取り始める方が、元が取れる年齢は早くなる。これは基礎年金だけを受け取る人の場合も同じ。

「2024年度の基礎年金額は満額で年81万6000円。月1万6980円の国民年金保険料×40年間で合計約815万円。支払った保険料の元が取れるのは、65才から受給開始すると75才。60才受給開始だと73才に、70才受給開始だと77才、75才受給開始だと80.4才になります」(北村さん)
75才まで繰り下げると、80才を過ぎるまで「得」にはならないということだ。
ここで重要なのは80才まで「生きられるか」ではなく「元気でいられるか」。日本人の健康寿命はいま、女性75.45才、男性72.57才と、80才には遠い。欲をかいて繰り下げすぎると、受け取る前に亡くなってしまったり、受け取れても自分の意思で使えなくなっている可能性が高まる。
「特に女性は要注意。男性より長生きするのはいいのですが、平均寿命から健康寿命を引いた“不健康寿命”は、女性は約12年と長くなってしまうのです」(田中さん)
結局、どちらがお得なのか。服部さんの計算によれば、60才まで繰り上げた場合と65才から受け取った場合を比較すると、最初は繰り上げる方が受給額が多いが、81才の時点で65才受給開始に追い抜かれる。繰り下げると健康寿命が立ちはだかり、繰り上げると受給総額で損しやすい──そんな現実があるのだ。
(後半に続く)
※女性セブン2025年2月13日号