公的年金が「100年安心」と銘打たれたのは2004年、小泉政権の頃。あれからたったの20年、いまではもはや「足りない」「本当にもらえるのか」と、全国民の不安の種になっている。老後の暮らしを安心できるものにするために、夫婦で「絶対に損しない受け取り方」を知っておきたい。2024年度の公的年金の支給額は前年から2.7%増額の月6万8000円となっているが、物価上昇を鑑みれば、年金額は7%減っていると見ることができるという。「受給額が上がったから心配はいらない」とはいかないのだ。【前後編の後編。前編を読む】
限界まで繰り下げるより「67才から」がお得
この厳しい現実を直視し、早急に対策を取る必要がある。政府は新NISAやiDeCoなどの投資による資産確保をしきりにすすめるが、私たちが知りたいのは、どのように年金を受給すればいいかということ。
公的年金の受給開始は原則65才からだが、申請することで1か月単位で受給を遅らせることができ、1か月ごとに0.7%増額される。例えば、75才まで遅らせると受給額は184%にも増やすことができる。人生100年時代において、長生きリスクに備える意味でも、死ぬまで受け取れる年金はできるだけ繰り下げるのが必須だといえる。
だが、金額ばかりに目がくらんで繰り下げすぎてはかえって損になる。重要なのは、ひと月あたりに受け取る金額よりも、生涯を通しての「受給総額」だ。社会保険労務士の井戸美枝さんが言う。
「現時点での年齢からあと何年生きるかを示す『平均余命』で考えると、例えばいま65才まで生きている女性は、平均して90才まで生きることになります。この女性が受給開始を最大の75才まで繰り下げた場合、86才まで生きれば、受給総額は1801万7280円になります。
一方、繰り下げを70才までにとどめることで『受給期間』が延びるので、同じ86才までの総額は1969万8240円と、75才まで繰り下げた場合よりも約160万円も多くなるのです」
受給開始を75才まで繰り下げた場合、65才から受給開始した場合と比べても、86才まで生きなければ、受給総額は少ないままだ。女性の平均寿命は87才なので、金額的に「取りっぱぐれ」になることはないかもしれないが、87才まで自分の意思で、自由にお金を使える人はそう多くはない。
どんなに長生きできたとしても、例えば認知機能を失ったとすると、せっかく増やした年金を自分で使えないばかりか、そうしてただ貯まっていく年金を自分の死後、誰にどう相続させるか意思表示することもできないのだ。
自分の力で生活し、自由にお金を使える「健康寿命」は女性73才、男性は72才頃。年金は、それより若いときから受け取り始める方がいい。「年金博士」ことブレイン社会保険労務士法人代表の北村庄吾さんが解説する。
「健康寿命で考えれば、年金の“元が取れる”年齢は『繰り下げた年齢+約12年』と考えるといいでしょう。例えば、66才まで繰り下げた場合は、12年後の78才まで元気でいれば元が取れます。65才までは継続雇用があるので、労働収入があると考え、受給はその後まで待って、66才頃まで繰り下げるのがベスト。女性は長生きなかたが多いので、67才まで『2年繰り下げ』がおすすめです。
一方、女性より寿命が短い男性は、むしろ64才に繰り上げるのが現実的です。“夫が1年繰り上げた分、妻が2年繰り下げる”と考えれば夫婦でのバランスも取りやすい」(北村さん・以下同)
「夫の年金繰り下げ」で最大120万円の損に
国民年金、厚生年金はいずれも1か月単位で繰り下げられるため、夫婦での綿密な戦略も必要だ。
「2022年度から、69才までなら厚生年金を受け取りながら働いて年金保険料を納めることで1年ずつ受給額が増えていく『在職定時改定』が導入されたので、70才まで働き続けることで、繰り下げなくとも厚生年金を増やせるようになっています」
特に男性の場合、国民年金だけでなく、厚生年金も「据え置き=65才受給開始」がベスト。繰り下げて受給額を増やしたところで、増えた金額は遺族年金に反映されないため、妻のメリットは少ない。
さらに夫の厚生年金を繰り下げると、その間は“年金の家族手当”とも呼ばれる「加給年金」が受け取れなくなる。
「加給年金は、厚生年金に20年以上加入している人が65才に到達した時点で、配偶者が65才未満であれば、年間40万8100円加算される。加給年金の対象になる人がそうと知らずに夫の厚生年金を1年繰り下げれば最大約40万円、3年繰り下げれば最大約120万円分受け取れなくなります」(井戸さん)
一方、女性の場合も2年繰り下げが“最適解”といえそうで、やりすぎは禁物だ。
「年金も『収入』なので、受け取る年金額が増えれば、税金や社会保険料負担も増える。特に痛いのは介護保険の負担割合で、65才以上は原則1割負担のところ、一定以上の収入があると2割、特に収入が高ければ3割負担になる。
また労働収入と年金収入の合計が月50万円を超えると、超えた分の半分の年金が支給停止となる『在職老齢年金』の対象になる可能性もあるため、注意が必要です」(北村さん)
覚えておきたい「国民年金と厚生年金をずらして受け取る」
賢い受け取り方として覚えておきたいのは「国民年金と厚生年金をずらして受け取る」という方法だ。
「女性は子育てなどで厚生年金の加入期間が短く、繰り下げたところで大きく増えないケースも多いので、働きながら厚生年金を受け取り、その分、70代を過ぎて働けなくなるまで、国民年金を繰り下げるのもいいでしょう。
私は現在、国民年金は繰り下げていますが、厚生年金はもう受け取りはじめています。少なくともあと5年は元気に働けるので、70才を過ぎたら、自分の健康状態を鑑みて、改めて受給開始年齢を考えようと思っています」(井戸さん)
何才まで働くか、どの年金を何才から受け取るか──60代にさしかかったら、夫婦でも“年金の健康診断”をしてみよう。
(了。前編を読む)
※女性セブン2024年9月26日・10月3日号