
この3月で放送開始から丸15年が経つ『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)。すっかり“お昼の顔”となった南原清隆(61才)が、突然いつもの“MC席”をあけたのは3月16日のことだった。
「冒頭で『さあ始まりました!』と恒例の挨拶をしたのは、代理MCを務めたバイきんぐの小峠英二さん(49才)。南原さん欠席の理由について、放送中に説明はありませんでした」(テレビ局関係者)
南原が体調不良以外で同番組に穴をあけることはほぼないだけに、違和感を抱いた視聴者も多かった。所属事務所に欠席の理由を尋ねたところ、「現時点でお答えすることはございません」とのことだったが、ある芸能関係者が口を開く。
「南原さんのお母さまが亡くなったんです。85才でした。お2人はひと目で親子とわかるほどそっくりで……地元の新聞の『お悔やみ欄』に訃報が掲載されたこともあり、南原さんの故郷では欠席の理由が囁かれていました」
香川県高松市出身の南原は4人きょうだいの長男。両親に愛情をもって育てられた。
「ご両親は子供のやりたいことを否定せず伸び伸びと育てる一方で、『あいさつはしっかり』『学校は休まない』など、しつけには厳しかったようです。先輩後輩関係なく慕われる理由には、お母さまから教え込まれた礼儀正しさがあるのでしょう」(南原家の知人)
その甲斐あって地元の進学校に進んだ南原は、高校卒業と同時に上京し、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の演劇科に入学することを決意した。

「進学先を知り息子の将来を案じたご両親を、南原さんは『就職先はいっぱいあるから大丈夫』と説得したそうです。ただ、母親としては息子が心配だったようで、『いつまでも夢を追ってないで早く帰っておいで』としきりに電話をかけていたといいます」(前出・芸能関係者)
だが母の心配は杞憂だった。南原は同校で出会った内村光良(61才)と19才のときに「ウッチャンナンチャン」を結成。在学中から才能を発揮すると、卒業後は数々のバラエティー番組に出演するようになり、1990年代にはとんねるずやダウンタウンと並ぶ人気お笑いコンビとなった。
「売れっ子になっても、南原さんの家族への思いは変わりませんでした。どんなに忙しくても、年2回、夏と正月には実家に帰省していたそうです。地元紙で3年間連載していたエッセイをまとめた単行本のあとがきでも、両親と祖母に向けて『育ててくれてありがとう』と綴っていました」(前出・芸能関係者)
いまでも地元局でラジオのレギュラー番組を持ち母校の高校のイベントに何度も顔を出している南原。テレビでは標準語だが地元に帰ると自然と讃岐弁が出る。
「それだけ香川は大切な故郷なのです。今年の正月も南原さんは実家に帰省したようで、ご両親とゆっくりと過ごしたそう。お母さまの体調が思わしくなくなってからは、毎週末のように香川に帰っていたんです。
南原さんは通夜と葬儀の両方に参列。『ヒルナンデス!』を休んだ16日は葬儀が営まれたそうです。ただ当初は一部の番組関係者にしか欠席の理由が伝えられていなかった。長寿番組として多くの関係者やファンを抱えるため、周囲の人に心配をかけたくないという、彼の責任感の強さゆえでしょう」(前出・芸能関係者)
座長・南原のもと、『ヒルナンデス!』は、間もなく16回目の春を迎える。
※女性セブン2026年4月9日号