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映画俳優・橋本愛の凄み 愛する男を殺そうとした女性の激情を主演作『熱のあとに』で熱演

『熱のあとに』場面写真
橋本愛の熱演が光る(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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橋本愛さん(28歳)が主演を務めた映画『熱のあとに』が2月2日より公開中です。数年前に実際に起きた事件にインスパイアされて生まれた本作が描くのは、ひとりの女性の“愛”をめぐる物語。静謐さの中に激情がほとばしる、そんな作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや橋本さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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国際的な映画人に師事した新鋭監督のデビュー作

本作は、新鋭・山本英監督による商業デビュー作。2019年に新宿・歌舞伎町で起きた“ホスト殺人未遂事件”にインスパイアされた物語をオリジナル作品として描いています。

『熱のあとに』ポスタービジュアル
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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『M/OTHER』(1999年)や『風の電話』(2020年)などの諏訪敦彦監督、『旅のおわり世界のはじまり』(2019年)や『スパイの妻〈劇場版〉』(2020年)などの黒沢清監督といった国際的な評価を集める映画人に師事した山本監督。そんな彼が『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』(2023年)の脚本家であるイ・ナウォンさんと編み出したのは、観る者すべてを圧倒する究極の愛の物語です。

諏訪監督や黒沢監督らの諸作のように、橋本さんを主演に迎えた本作は非常に作家性に富んだものとなっています。

愛する男を殺そうとした女性の物語

愛するホストを刺し殺そうとした過去を持つ女性・沙苗(橋本)。事件から6年の時を経た彼女は出所後、林業に従事する小泉健太とお見合いで出会い結婚します。沙苗の過去を知った健太は、それを受け入れたうえで結婚に踏み切ったのです。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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おだやかな結婚生活のはじまり。けれども互いに愛し合うようになった頃、ひとりの謎めいた女性が現れます。彼女とは何者なのか――。沙苗はかつて愛し抜いた男の影に翻弄されながら、健太とともに“いま”を生きていくことになるのです。

仲野太賀ら若手実力派の健闘ぶり

本作が描くのは愛の物語。それも、爽やかなラブストーリーとは対極にあるような、ある種の暗さと重さを持ったもの。力のある若手俳優がこれを支えています。

主人公・沙苗の結婚相手である健太を演じているのは、立て続けに出演作が公開・放送される仲野太賀さん。本作でも彼の貢献度は非常に大きい。愛する沙苗がいまも過去の愛に翻弄されるさまに健太も翻弄されることになります。目の前の沙苗に対するリアクションや健太の内面の変化を仲野さんは堅実に表現し、“相手役”として作品を牽引しています。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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これは沙苗が愛に翻弄される物語ですが、健太が愛に翻弄される物語でもある。健太を誰が演じるかで作品の手触りは大きく異なることでしょう。健太が精神的に追い詰められていく演技など、仲野さんの業はすでに熟練の域にあると感じます。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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謎めいた女性・足立よしこを演じているのは木竜麻生さん。ひょうひょうとした掴みどころのないキャラクターを軽快に演じ、彼女の存在が作品をスリリングなものに。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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そして、沙苗の最愛の男性・望月隼人を演じているのは水上恒司さんです。限られた出番の中でも、十分に自身の役割をまっとうしています。

さらに、坂井真紀さんが沙苗の母親を演じているほか、木野花さん、鳴海唯さんが物語のキーパーソンとして出演。作品を支えています。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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そんな本作の中心に立ち、“究極の愛”を体現しているのが橋本さんなのです。

映画俳優・橋本愛

橋本さんといえば、2010年のデビュー以来、絶えることなく活躍し続けている俳優のひとりではないでしょうか。『告白』(2010年)で大きな注目を集め、『桐島、部活やめるってよ』(2012年)や『渇き。』(2014年)など、日本のエンターテインメント史に残る作品の数々に出演してきました。

近年はテレビドラマ『35歳の少女』(2020年/日本テレビ系)で主要な役どころを演じ、『家庭教師のトラコ』(2022年/日本テレビ系)で主演を務めていたのが記憶に新しいところ。けれども先に挙げた映画作品で評価を獲得してきた彼女は、やはり“映画俳優”という印象が強い。このような印象を持っているのは筆者だけではないでしょう。

20代になってからは、『PARKS パークス』(2017年)や『ここは退屈迎えに来て』(2018年)、オムニバス映画『21世紀の女の子』(2019年)内の一編「愛はどこにも消えない」などの作家性の強い作品にアクティブに出演してきました。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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そんな彼女の出演最新作である『熱のあとに』には、“映画俳優”としての橋本さんの新たな一面が刻まれているように思います。彼女の今後のキャリアにも大きく影響してくるような、まぎれもない新たな代表作のひとつになっていると思うのです。

静謐さの中にほとばしる激情

本作での橋本さんは終始、物静かです。というよりも沙苗は、“虚ろな人”というほうがしっくりくるキャラクター。彼女の心がどこにあるのか分からず、私たち観客は物語の展開に合わせてこれを探します。それはときに現在のパートナーである健太に向かっていることがあれば、やはり、刺し殺そうとまでした最愛の人・隼人に向かっていることもある。

これらのことを示すセリフはもちろん用意されていたりもしますが、そのほとんどは言外の彼女の仕草などによって私たちには伝わってきます。

沙苗は隼人と離れ離れになってしまってからというもの、どこか“抜け殻”のような印象を周囲に与える。けれどもいつだって彼女の心は震えている。むろん、彼女の心を震わせるのは愛です。絶えず消えることのない、隼人の影に対して。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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本作は硬質な映像美をはじめ、どこか静謐さを感じさせる作品です。だから沙苗が感情的になるシーンはとても目立つ。でもそれ以前に彼女は、つねに激情をほとばしらせています。それはほんの些細なセリフのトーンの転調や、視線の動きに表れている。喜怒哀楽をあるていど分かりやすく示すことがテレビドラマなどでは求められるのかもしれません。ですが沙苗の心の機微の複雑さは、スクリーンを見つめ続けなければ分からない。

そこにはたしかに、“激情”がほとばしっているのです。これが、映画館にまで足を運ばなければ出会えない、俳優・橋本愛の凄みでもあるのです。

愛とは何か?

繰り返しになりますが、本作が描いているのは愛の物語。いえ、“愛そのもの”だといえるものかもしれません。

沙苗の言動は、私たちにどう映るでしょうか。

『熱のあとに』場面写真
(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
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愛しているがゆえに誰かを刺し殺そうとするだなんて、常軌を逸していると思う人はいて当然。あるいはその事件だけを切り取った場合、彼女のこと“サイコパス”などと決めつける人がいるかもしれないし、ホストに溺れた“メンヘラ”だと笑う人がいるかもしれない。

私たちは何かしらの理由づけをしては、勝手に納得してばかりではないでしょうか。でもその理由なんて当人の中にしかないはずだし、そもそも当人自身でさえ、言語化できるか分からない。

それこそが“愛”なのかもしれないと、橋本さんが体現する沙苗を見ていて思うのです。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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