本当の彼のことを私たちは知らない
2012年公開の『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビューを果たして以降、順調にキャリアを築き上げてきた東出さん。『クローズEXPLODE』（2014年）や『アオハライド』（2014年）といったティーン層向けの映画で主演し話題を集め、ドラマ『コンフィデンスマンJP』（2018年／フジテレビ系）の“ボクちゃん”役で、スターのひとりになった印象があります。
『コンフィデンスマンJP』は特別編の放送があったうえ、今日に至るまでに3作も映画版が公開。いまやドラマ発のシリーズものとして大人気作だといえるでしょう。その一方で、『菊とギロチン』（2018年）や『寝ても覚めても』（2018年）、近年は『草の響き』（2021年）、『Winny』（2023年）、そして『福田村事件』（2023年）に重要な役どころで出演し、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』がまもなく封切られるところです。
スキャンダルによって活躍の場が限定されてしまったのはたしか。けれどもその力に翳りを見せるかと思いきや、強い作家性を持った映画作品には必ずといっていいほど東出さんの姿がある印象があります。
ここではスキャンダルの詳細については記しません。メディアが発信した情報により、誰もがそれとなく知っているでしょうから。そしてこの情報に対する世間の意見が激しく燃え広がったことにより、東出さんのイメージが大きく変わったことも誰もが知っているはずです。けれどもそれは彼に対して個々が生み出した、あくまでも単なるイメージに過ぎません。本当の彼のことを私たちは知らない。
そんな東出さんの素顔を垣間見ることができるのが、いえ、直視することができるのが、このドキュメンタリー映画『WILL』なのです。
『WILL』に収められた素顔
“本作における東出さんは役を演じていません。これはフィクションではなくドキュメンタリー作品ですから当然といえば当然です。”と先述しましたが、すべてのドキュメンタリー作品において、被写体の嘘偽りのない姿が収められているかというと、少し疑わしいところがあります。つまり、ドキュメンタリーだからといって、誰もがまったく演技をしないわけではない。
自分ごとに置き換えてみれば分かりやすいでしょう。私たちは日常生活の中でカメラを向けられたとき、いつもとはちょっと違う自分を演じるものではないでしょうか。少なくとも、誰にも見られていないという確信のある場所で一息ついているときの表情は絶対にしないはずです。どうでしょうか。
ところが俳優をはじめとする表舞台に立つ人々は、映画やドラマの現場で演じることを求められるだけでなく、プライベートでも演じることを求められる。世間からのイメージが重要視されるからです。いくら本人が選んだのであろう道とはいえ、これは息が苦しくなりそう。そこでの俳優本人の人生は、いったいどこにあるのでしょうか。
『WILL』は驚くべきことに東出さんの謝罪会見の様子からはじまります。そして山に生活拠点を移した経緯を自ら語り、自然の中の生命に対してカメラの前で猟銃をかまえる。その姿は残酷なものにも映ります。けれどもそうしなければ生きていくことができない。日々が自然との生命のやり取りなのです。
東出さんの表情はときに険しく、ときに朗らか。ほかの映画やドラマで見せてきたものとはまるで別物で、観ているこちらにまで緊張感が伝わってくる瞬間があれば、ツッコミを入れたくなるほどスキだらけの瞬間もある。そこに存在するのは俳優・東出昌大ではなく、ひとりの人間です。
本作を観れば、なぜ東出さんがあんなにも作り手たちに愛され、私たちが魅了されるのかが分かるはず。演技ができれば俳優という職業が成立するわけではありません。そんな世界ですが、これからの彼は俳優として唯一無二のポジションを築いていくことになると思います（個人的にはずっと前からそう思っていますが）。日常的に生命のやり取りをしている俳優は、そういないでしょうから。
モニターやスクリーンの向こう側の俳優だって、人間なのです。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun