俳優・草なぎ剛の新たな代表作が誕生
草なぎさんといえば、誰もが知る日本の稀代のエンターテイナー。そう断言して、どなたも異論はないのではないでしょうか。何か特定のジャンルに縛られることなく、エンターテインメントの世界の第一線を走り続ける存在のひとりです。
ジャンルに縛られることのないそのスタイルは、俳優業に絞ってみてもいえること。大人気の小説を原作としたスペクタクル大作などの看板を背負ういっぽう、ごくありふれた日常にフォーカスした作品にもフィット。非常に柔軟性に富んだ俳優だと思います。
とくにここ数年は、『台風家族』(2019年)や大変な話題作となった『ミッドナイトスワン』(2020年)、『サバカン SABAKAN』(2022年)など、より作家性の強い作品にアクティブに参加している印象です。“稀代のエンターテイナー=大スター”としての顔だけでなく、草なぎさんのさまざまな表情がこれまで以上に求められている証なのではないでしょうか。今作『碁盤斬り』もまた、この系譜に連なる作品です。
朝ドラ『ブギウギ』(2023年後期/NHK総合)で演じた陽気な音楽家の役も好評を博しましたが、柳田格之進はまったくタイプの異なるキャラクター。『碁盤斬り』は草なぎさんにとって、新たな代表作となっているように思うのです。
感情のコントロールが凄まじい
『ブギウギ』での演技と『碁盤斬り』での演技は、まさに対照的です。音楽家・羽鳥善一が饒舌だったのに対して柳田は寡黙。彼の感情には起伏といったものがほとんどない。得意の囲碁で勝利しても、娘や周りの人々と言葉を交わしていても、彼の言動はつねに淡々としています。ですがそれは、物語の途中までの話。
やがて物語が進むにつれ、私たち観客は柳田の過去を知ることになります。さらには、彼が陥れられた冤罪事件の真相も。そこにはもう、穏やかな柳田の姿はありません。武士としての誇りと愛する者を奪われた、復讐者の姿があるのみです。
とはいえ、基本的に淡々とした性格は変わりません。彼はつねに礼節を重んじる人物です。ですが微妙に、声の調子や表情がそれまでとは違う。怒り、悲しみ、焦りなど、そこには複雑に絡み合った、いくつもの感情が垣間見えます。
そして誰かの発言をきっかけに、それらの感情がふいに溢れ出してしまう。かといって、制御不能なほどに溢れ続けるわけではありません。それはあくまでも柳田が、自身の中にある激情を抑えられなくなったときのみ。こうした柳田の制御しきれない激しい感情の動きを、草なぎさんは徹底的にコントロールしているのです。それも、非常に細かなところまで。
本作は時代劇ですから、刀を用いたアクションシーンも登場します。そこでの草なぎさんの太刀筋にも圧倒されますが、それ以上に、柳田の佇まいや何気ない一言に宿る気迫に圧倒され続けてしまうのです。激しい感情そのもにではありません。それをコントロールしてみせる草なぎさんの力に対してです。そこには真の武士の魂の体現者の姿があります。
演じる際に感情に身を任せてしまうと、柳田格之進のキャラクターにブレが生じてしまうかもしれない。そのブレは当然ながら、作品そのものにも影響を与えることになります。つまり、物語の展開やテーマだけでなく、草なぎさんの硬質な演技こそが、この『碁盤斬り』を硬派なエンターテインメント時代劇たらしめているように思うのです。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun