
「自家製天然酵母を使ったパン」、「こだわりの国産小麦使用」。いまや商品のブランド力を高める一助となっている「国産」や「オーガニック」だが、かえって体にとってはマイナスかもしれない。
昨年11月、JA全農いわては、販売した岩手県産の小麦「ナンブコムギ」からかび毒が検出されたとして、製品の自主回収や廃棄を進めた。翌12月には、宮城県気仙沼市内の小中学校の給食で、ナンブコムギを原料とした食材が使われ、給食を食べた児童や生徒が下痢などを訴えたと報じられた。安心・安全の代名詞である「国産」に何が起きているのか。
「国産」「オーガニック」=安心・安全は科学的観点からは大きな間違い?
これまで海外からの輸入小麦には、残留農薬やそれによる発がん性リスクなどさまざまな危険性が指摘されてきた。加えて、長く低空飛行を続ける日本の食料自給率において、地産地消、国消国産の重要性が説かれ、とりわけ9割近くを輸入に頼る小麦は自給率向上が掲げられている。また、近年のウクライナ情勢の悪化で輸入小麦の価格が高騰し、国産小麦の需要は拡大の一途。しかし、「国産」、「オーガニック」といったうたい文句には大きな落とし穴があると指摘するのは科学ジャーナリストの松永和紀さんだ。
「科学的観点からすると、国産やオーガニックだから安心で安全というのは大きな間違いです。小麦の栽培、収穫にあたってもっとも注意すべきはかび毒。麦類は、フザリウム属菌による『赤かび病』に侵されやすく、この菌がデオキシニバレノールやニバレノールといったかび毒を生成します。1950年代には、赤かび病にかかった小麦を食べた人が嘔吐や腹痛、下痢などを発症する急性赤かび中毒が多発しました」(松永さん・以下同)
日本では多くの小麦が秋に種をまき、翌年の6~7月に収穫を迎える。その収穫の時期と重なるのが梅雨。

「日本に輸入される小麦の多くは北米産で、雨が少なく小麦の栽培に適しています。一方、日本は高温多湿で非常にかびが発生しやすい。フザリウム属菌は畑などの土壌に多く生息し、小麦や大麦に付着して増殖し、かびで汚染します。気づかずに収穫してしまえば、保管地でさらに増えることもある。
農林水産省が栽培、収穫、保管についてマニュアルを出しているものの気候に左右されるところが大きく、相当に注意を払っても制御するのが非常に難しい」
生成されるかび毒のうち、国が特に注視しているのはデオキシニバレノール(以下、DON)だ。
「大量摂取しない限り、嘔吐や腹痛など激しい症状は起こりませんが、動物試験の結果から、少量を長期間食べ続けることによって、成長抑制や体重減少、免疫系への影響などが指摘されています。
昨年、岩手県産のナンブコムギでは、基準(1.0ppm※)の超過が見つかりました。いちばん高濃度のもので6.1ppm。これは通常では考えられないほど高い数値で、輸入小麦では見られないレベルです。日本での小麦栽培がいかに難しいかということが明らかになりました」
※ppmとは濃度や割合を表す単位のこと。1.0ppm=1.0mg/1kgとなる。
国産小麦の方が輸入小麦よりかび毒に汚染されていたという不都合な真実
輸入小麦の残留農薬ばかりがクローズアップされる中、かび毒の危険性があまりにも周知されていないと松永さんは続ける。
「2002年、それまで日本にはなかった小麦に含まれるDONの基準値を、暫定的に1.1mg/kgと設定しました。そのうえで実態調査をしたところ、国産小麦の方が輸入小麦よりもかび毒に汚染されていることが判明したのです」
以下は、かび毒の一種であるデオキシニバレノール(DON)の小麦粒中の含有量を調査したもの。

農水省はこの事実を危惧し、監視体制を強化。岩手県での基準超過の際も自主回収が行われ、健康被害は報告されていない
「赤かびを完璧に防ぐことは無理で、DON汚染をゼロにすることはできません。前述の通り、少量の摂取であれば健康に影響は出ない。内閣府食品安全委員会は、DONの耐容1日摂取量を1マイクログラム/kg体重/日としており、全年齢での平均摂取量は0.09マイクログラム/kg体重/日と耐容摂取量には遠く及ばないのです。ただし、子供にとってはそうとは限りません。同委員会の試算によると、1~6才で小麦を多く食べる子供はDON摂取量が1日の耐容摂取量を超えることが判明しました」
こうした結果を踏まえ、厚生労働省は2022年に食品に含まれるDON基準値をそれまでの1.1mg/kgから1.0mg/kgに強化した。
「DONと同様に、農薬にも“毎日食べ続けても安全な量”を設定していますが、こちらは摂取量を超えるどころか1%にも満たないものが大半。農薬よりもかび毒の方がよっぽど危険ともいえます」


かび毒は「無農薬」でリスク増 有機栽培では予防効果はほとんどない
高温多湿で梅雨がある日本はただでさえかび汚染リスクが高いが、輪をかけているのが「オーガニック」だという。
「有識者の間では、汚染の防止やリスクを軽減するためには、赤かび病に強い品種を選ぶことはもちろん、化学合成農薬の適切な散布も重要だと考えられており、2008年に農研機構らの研究がマニュアルとしてまとめられました」
一連の研究は、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が設置した「コーデックス委員会」が作成したかび毒汚染防止のための行動規範にも引用されている。
生産者はマニュアルに沿って栽培や収穫を行い、基準値を超えた小麦が市場に出回らないよう注意している。それでもサンプリング調査をすると年や地域によって数値は大きく変わり、発病予防の難しさを物語る。

「にもかかわらず、化学合成農薬を使わない有機栽培がオーガニックで体にいいとして礼賛されています。正しく化学合成農薬を使った方が安全だと、私は思います」
化学的に合成された肥料および農薬を使用しないことなどが有機栽培の基本となっているが、それによる弊害もあるということ。無農薬は安全どころか、かび汚染のリスクを高めてしまうのだ。
「有機栽培では、微生物から抽出した薬などおよそ30種類の農薬は使用可能です。しかし、それらの農薬で赤かび病を予防できるか、試験を行ったところ、効果がほとんどないものや、むしろ麦の生育に悪影響が出るものもありました」
また、高級ベーカリーや自然派食品の店などでは「天然酵母」をうたうパンが並べられているが、差別化される市販のイーストも天然に存在する酵母であり人工的に作られたものではない。“天然酵母だから安心”というお墨つきではないのだ。
オーガニック食品は「安心を見極める」のが難しい
松永さんは、「国産だから、有機栽培だから安全」という志向が過度になることに警鐘を鳴らす。
「無農薬で行う有機栽培は、高度な能力やこまめな観察、過酷な重労働が求められます。虫などは手作業でもとれますが、どこまで徹底して管理できるのかは非常に疑問が残る。虫によって食品に傷ができればそこから腐りやすくなり、かびもつきやすくなる。徹底した管理のもと有機栽培をされている農家もある一方、ずさんな管理になってしまっているケースも残念ながらあります。オーガニックはそれを見極めるのが極めて難しく、すべてが安全とは到底言い切れないのです」
一方で、「輸入食品だから危険」というのも間違った思い込みかもしれない。
「食の安全についての規制は、むしろアメリカの方が厳しい。日本から肉や魚介類を輸出しようとしても、アメリカの基準をクリアできず許可されないというケースが頻繁にあります」
「日本のいちごが農薬残留超過で輸出ストップ」に惑わされてはいけない
何を基準に食の安全を判断するか。そのためには、“バランスのよい食の情報収集”が必要だ。台湾メディアでは、しばしば日本から輸入したいちごの残留農薬が基準値を上回ったとして廃棄されたというニュースが流れるが、これも、だからといって日本のいちごが危険だと決めつけるのは早計だという。
「栽培に使われた農薬の中に、日本での残留基準値が台湾より高いものがあった。そのため、日本国内では基準値をクリアした問題のないいちごが、台湾に輸出されると基準値超えとなってしまうのですが、だからといって日本のいちごが決して危険なわけではありません。基準値を超過した農薬は台湾でも野菜や果物に使われ、高い基準値が設定されているものもある。
そもそも、基準値の高低でどちらが安全かを判断することはできません。農薬の規制は、作物の種類や気象条件、その作物につきやすい害虫や病原菌などがその国で出やすいか、その作物を国民がどれだけ食べているかなどさまざまな要素を検討して決められています。毒性の強さで基準値が決まっているわけではないので、安全性の指標にはなりません」
あるひとつの食品の、ひとつの基準値だけを比べて、安全か危険かを決めるのは極めて難しいということ。体にとっていちばんの害とリスクは“思い込み”と“決めつけ”なのかもしれない。
※女性セブン2024年6月27日号