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森山未來の変わりゆく俳優としてのイメージ 映画『大いなる不在』ではリアルかつ複雑な人間像を体現

映画『大いなる不在』に主演する森山未來(C)2023 クレイテプス
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森山未來さん(39歳)が主演を務めた映画『大いなる不在』が7月12日より公開中。共演に藤竜也さんを迎えた本作は、複雑な父子の関係を軸にしたヒューマン・サスペンス。それぞれの世代を代表する名優によるかけ合いも見事な作品に仕上がっています。本作の見どころや森山さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説する。

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森山未來と藤竜也が親子役で初共演

本作は、長編劇場デビュー作『コンプリシティ/優しい共犯』(2018年)が国内外で高く評価された近浦啓監督によるオリジナル最新作。主演に森山さん、共演に藤さんを迎え、非常にスリリングなヒューマンドラマを作り上げています。

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森山さんと藤さんが共演するのは意外にもこれが初めてのこと。認知症の父とその息子という複雑な関係を演じ、誰もが息を呑むであろう高度なパフォーマンスを展開させています。

本作に収められているのは、この父子の関係を軸にした“愛”の物語。それはきっと、あなたの胸を打ち、心を揺さぶるものでしょう。

息子が追いかける、父の素顔

俳優業を営む卓(森山)はある日、幼い頃に自分と母を捨てた父・陽二(藤)が警察に捕まったとの連絡を受けます。彼は妻とともに九州の父の元へと向かうことに。

ところが、陽二は重度の認知症によって別人のようであり、彼と再婚した義母は行方不明になっているのです。

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しかも陽二は認知症の症状から、発する言葉の内容のどこまでが真実なのか分かりません。こうして卓は、父と義母の生活を調べ始めます。

家族を捨ててまで一緒になった父と義母の間に、いったい何があったのでしょうか。

役を生きる藤竜也

本作が丹念に描いているのは、主人公・卓とその父である陽二の関係。離れ離れになっていたそれぞれの人生が交差するさまです。

陽二役の藤さんが近浦監督とタッグを組むのはこれが3度目。本作は近浦監督の実体験がベースになっているということもあり、相当な入れ込みようだったといいます。そんな藤さんの演技を目にしていて思うのは、そこに人間が生きているということ。陽二という人間がたしかにそこに存在しているということです。

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陽二は認知症の悪化により、果たして何が本当のことで何が嘘なのか分からないことを口にします。それはときに、驚くほど現実と違うことだったりもする。ですが彼としては嘘をついているわけではありません。彼にとっては自分の口にすることのすべてが真実。藤さんがどのような心理状況で演じていたのか分かりませんが、この一筋縄ではいかない役どころを計算して表現するのではなく、ただ懸命に一瞬一瞬を陽二として生きていたのではないかと思います。

これはある種の「迫真の演技」だともいえますが、藤さんのパフォーマンスはこんなチープな言葉で捉えられるものではありません。そこには“役を演じる”という域から抜け出した、“役を生きる”者の姿があるばかりなのです。陽二はたしかに、生きています。

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そんな陽二の妻・直美を原日出子さんが演じ、認知症の進行により愛する者が変わっていく姿に戸惑うさまを妙演。さらに、卓を支える妻の夕希を真木よう子さんが好演しているほか、三浦誠己さん、神野三鈴さん、利重剛さん、塚原大助さん、市原佐都子さんらが主要な役どころを担っています。

この演技巧者揃いの座組で座長を務め、藤さんとともに作品を率いているのが森山さんなのです。

森山未來に対するイメージとは?

俳優・森山未來に対して、みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。

キャリア初期にはドラマ『WATER BOYS』(2003年/フジテレビ系)や映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)といった社会現象を巻き起こすほどの話題作に立て続けに出演し、人気若手俳優のまさに中心的な存在でした。やがて主演を務めた『モテキ』(2011年)などの代表作を得て、その地位を不動のものに。今日に至るまで、日本のエンターテインメント界の最前線を走る者のひとりです。

近年も、湯浅政明監督による長編アニメーション『犬王』(2022年)や『シン・仮面ライダー』(2023年)、ドラマ『教場』シリーズ(フジテレビ系)などの話題作に主要な役どころで参加していますが、いつからかより作家性の強い、インディペンデント作品にもアクティブに参加するようになりました。昨年公開の『山女』と『ほかげ』、今年公開の『i ai』のすべてがそう。そして今作『大いなる不在』もこの系譜に連なる作品です。

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これはヒューマンドラマでありサスペンスでもありますが、“分かりやすさ”のようなものからは程遠い作品です。物語の時系列をはじめとする脚本の構造が複雑で、登場人物たちの内面もそう簡単には掴むことができない。なので観客に優しい映画とはいえないでしょう。

これは当然ながら、映画作りに臨む俳優たちにもいえることです。それぞれの特性や感性を持ち寄って、心を擦り減らしながら挑まなければならない。こういった作品の現場に参加する誰もがアーティストでありクリエイターでなければなりません。筆者にとっていまの俳優・森山未來に対するイメージとは、ずばりこれなのです。

“人間”というものの複雑さを体現

認知症である陽二の内面を捉えることが難しいように、卓の内面を捉えることも同じように難しいのが本作です。陽二は幼い卓を捨てた過去があり、それが卓の中でわだかまりとなっています。いくら父が重度の認知症を患っているからといって、彼としてはやりきれないものがあるでしょう。

本作について、“分かりやすさ”のようなものからは程遠い作品だと先述しました。その構造ももちろんですが、主人公であるはずの卓の心の動きも私たちにとって不明瞭です。つまり、彼が何を考えているのか分からない。森山さんが体現する卓像こそ、非常にミステリアスだったりするわけです。しかしもちろん、卓は何も考えていないわけではないし、森山さんは卓のことを知るために近浦監督との対話を重ねたといいます。

森山さんは多くのエンタメ作品において、よりキャラクター性の強い役どころを演じてもきました。ですが『大いなる不在』における卓は、それらと真逆に位置付けられる存在です。彼の言動は私たちの隣人のようですから。

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卓が父・陽二に対して抱く感情は彼だけのものであり、私たち観客にまで共有されるものではありません。いくら彼の心の内を想像してみてたとしても、実際の卓はそのとおりには動かない。私たちの隣人がイメージに反した動きをするように、です。卓のことを誰よりもよく知り、陽二に対して自分だけの特別な感情を持つ森山さんの表情は、微細に変化します。声質だってそう。でもそこに表れる情報は、卓という人間が持つ情報のほんの一部でしかありません。

人間は誰しも、そんなに簡単な生き物ではない。誰だって、そう容易く掴むことができないほど複雑なものではないでしょうか。これこそがリアルな人間像というものだと筆者は思います。森山さんは卓の内面を完全に自分だけのものとし、私たち観客には絶対に読ませてくれない。繰り返すように卓のことを誰よりも知っていながらです。ヒューマン・サスペンス作品を率いるに相応しいパフォーマンスを、森山さんは巧妙に展開させているのです。藤さんの演技と同様に、そこに“人間”というものが見えてくると思います。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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