健康の数値は高いよりも低い方がいい──そう盲信している人は多いはず。しかし、当然、低いことにもリスクはある。高血圧や高血糖になりやすい寒い季節、数値を下げようとよかれと思ってやっていたことが裏目に出ているとしたら……最悪の場合、死に至るかもしれない衝撃の事実を明らかにする。前編では低血圧の危険性に迫る。【前後編の前編】
たかが低血圧と思っていたのを後悔
減塩や血糖値コントロールの重要性が説かれる中で、特に女性の場合、更年期以降はホルモンの影響で高血圧に悩む人が増えるとされる。「自分は高血圧ではないから安心」とホッとする人は多いだろう。都内在住の会社員・Aさん(47才)もそのひとりだった。
「最近、集中力や気力が落ちて、仕事にも支障が出るようになったので更年期かもしれないと思い、婦人科と心療内科を受診しました。
そしたら、うつ病を併発した慢性疲労症候群だと診断され、原因は低血圧ではないかとのことでした。昔からずっと低血圧気味で、朝が苦手で疲れやすい体質でしたが、それ以外は健康だったので“たかが低血圧、むしろ高血圧じゃなくてラッキー”と放っていたのを後悔しています」
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんは「血圧は低ければいい」というものではないと断じる。
「高血圧の問題ばかりがクローズアップされがちですが、低血圧も危険です。血圧が低いと血液が全身に充分に行き届かないので、栄養と酸素が不足して疲れやすくなります」
そもそも低血圧とはどのような症状なのか。日本歯科大学附属病院内科臨床教授で高血圧専門医の渡辺尚彦さんが解説する。
「医学的に正式な定義はありませんが、一般的に収縮期血圧(上の血圧)が100mmHg未満の場合に低血圧と診断されます。
ただし、症状の有無が重視されるので100mmHg以上あっても、だるさやめまいなどの症状が出ていれば低血圧といえますし、何も症状がなければ100mmHg未満でも問題ありません」
低血圧は大きく分けて「本態性低血圧症」「二次性低血圧症」「起立性低血圧症」「食事性低血圧症」の4つに分類される。
「低血圧の中でもっとも多いのは原因がわからない『本態性低血圧症』。『二次性低血圧症』は病気や薬などが原因で起きるので、病気の治療や薬の調整を優先して行います。『起立性低血圧症』は重力で下半身に流れた血液が上半身に戻らず、起き上がったときにめまいや立ちくらみを起こすのが特徴です。『食事性低血圧症』は、食後に腸に血液が集中するため、食後30分~1時間後に血圧が一時的に急激に低下するものです」(渡辺さん・以下同)
低血圧は女性に多く、特に40才以下でやせ型の人がなりやすいという。
「女性の場合、更年期までは女性ホルモンの働きによって血管が拡張し、血圧が低くなりやすいので注意が必要です。また、高齢でもやせている人や食が細い人は血圧が下がりやすい」
高血圧で降圧剤を服用している人も低血圧のリスクにさらされる。医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが指摘する。
「病院で血圧を測ると緊張して高い数値が出やすく、本当は上の血圧が130mmHgくらいなのに診察室では160mmHgという人もいます。その数値で高血圧と診断され、降圧剤をのめば100mmHgくらいの低血圧になってしまうこともある。そうした“白衣高血圧”のかたは高齢者ほど多く、外来で診療をしているとよく見かけます」
脳の血流が滞り脳卒中になる
低血圧になるとだるさやむくみ、頭痛、肩こり、食欲不振などさまざまな症状が起こりうる。上さんが危険視するのは脳の血流が低下し、ふらつきやめまいの症状が現れることだ。
「ふらついて転倒するのがいちばん怖い。頭を打つこともあるし、高齢者が転倒して大腿骨を骨折すると、そのまま寝たきりになることもある。寝たきりになれば活動量が減って脳への刺激が少なくなり、認知症を発症する恐れがあるほか、あらゆる体の機能や免疫力が落ちていきます」
これからの時期、脱衣所など寒暖差の激しい場所では「ヒートショック」(急激な温度変化に伴う血圧の変動)が起きやすくなり、脳梗塞を発症する危険があるので注意が必要だ。ヒートショックというと暖かい部屋から寒い場所へ移動し急に血圧が高くなることをイメージしがちだが、逆もある。特に低血圧の人にとって危険なのは浴槽。千葉県在住の主婦・Bさん(52才)が言う。
「起立性低血圧症で、ふと立ち上がった瞬間にふらふらしてしゃがみこむことはありましたが、休むと回復するのであまり気にしていませんでした。
でもこの前、湯船から立ち上がろうとすると目の前が真っ暗になり、意識を失って転んでしまったんです。水の中でパニックになり、溺れるところでした」
渡辺さんは、Bさんのようなケースは珍しくないと話す。
「体が温まると末梢血管が開くので低血圧になりやすく、湯船から立ち上がった瞬間は起立性低血圧症も起こしやすい。浴槽で意識を失うと溺れ死ぬことがあります。寒いからと温まりすぎないように注意すること。立ち上がるときは何かにつかまって、ゆっくりと立つようにしてください」
都内在住の会社員・Cさん(42才)も、低血圧によって苦しんでいるひとり。今春、ひじやひざ、首の後ろ、足の付け根あたりが虫歯のような、生理痛のような感じでズキズキと痛むようになったという。それが全身に広がったので大学病院を受診した。
「線維筋痛症(せんいきんつうしょう)と診断されました。医師からは低血圧の人がかかることが多いと言われましたが、たしかに出産後はどんどん血圧が低くなっていました。いまは投薬で痛みを抑えていますが、薬が切れると激しい痛みに襲われます」
室井さんは別のリスクを指摘する。
「低血圧だと脳の血流が滞るため、脳卒中になる可能性があるといわれています。まだ医学的なコンセンサスはありませんが、昔から脳神経外科を中心に、高血圧でも血圧を下げすぎないように配慮する医師は多い」
低血圧の陰に病気が隠れていることもある。
「甲状腺ホルモンが不足する甲状腺機能低下症や、心臓病が原因で脳の血流が低下し、むくみや疲労感など低血圧の症状が出ることがあります。たかが低血圧とあなどってはいけません」(上さん)