役はフィクション、役者はリアル──別物にもかかわらず、名演がゆえに役と役者が同一視されることがある。そんな当たり役に恵まれることは役者として幸運なことではあるが、時にそれが足枷になったりすることもある。誰もが知る当たり役を演じた名優が、そんな葛藤を経ていま思うことを明かす。
優柔不断なさとみが邪魔をするから視聴者がイライラ
それまで清楚な役柄が多かった有森也実(57才)が、この役で一転、世間から“あざとい女”のイメージを重ねられることになった。その役こそ、1991年のドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)のヒロインのひとり「関口さとみ」だ。
“月9【注】”の走りとされるこのドラマは、柴門ふみさんの同名漫画を原作とし、鈴木保奈美(58才)、織田裕二(56才)、江口洋介(56才)ら、20代前半の若手俳優がキャスティングされた。
【※注/フジテレビで月曜日の夜9時に放送されているドラマ枠の通称。相次いで高視聴率を獲得したことで、1990年代にこの呼び名が定着】
若者の恋愛模様が生々しく描かれたこのドラマは、同世代の共感を呼び、最高視聴率32.3%を記録。社会現象になった。
「初めて撮影セットに入って驚いたのは、狭い部屋にこたつやファンシーケースがあり、地方から都会に出てきた若者の暮らしが再現されていたこと。当時流行したスタイリッシュなトレンディードラマとは違うリアルがそこにはありました」(有森・以下同)
脱トレンディードラマを目指した作品を作ろうと、カメラワークを変えるなどの挑戦を盛り込み、現場は活気に溢れていた。23才の有森にとって学びの多い現場だったが、有森の真摯な演技が視聴者の反感を買う。
「視聴者はリカ(鈴木)と完治(織田)が結ばれてほしかったのに、優柔不断なさとみが邪魔をするからイライラしたんでしょう」
特に完治がリカのもとに向かおうとする場面で、さとみがおでんを持って現れるシーンは「あざとい」と評され、“おでん女”というあだ名までつけられた。
「友人からも当時、“さとみが憎い”と言われましたが、私は役と自身を切り離しているので“見てくれたんだ、ありがとう”くらいしか感じなくて(笑い)。そういった反響は後から知りました。
それに、さとみの心の変遷に向き合っている私としては、リカに意地悪をしているわけでもないし、さとみを悪い子だとは思えない。だから、新宿で石を投げられたときも、なぜなのかわからなかった。新宿にも石ってあるんだって驚いたくらいで、さとみが嫌われていることが理解できませんでした」
いまだにさとみを超える役には出会えてない
有森本人は竹を割ったような性格。世間から何を言われても気にならないし、怖くもなかった。ただ、揺れ動く女心の繊細さを演じるのは難しかったという。
「さとみ役で初めて、大人になる女性を演じました。表現に幅があって、織田さんと探り合いながら演じていました」
ドラマ終了から30年以上経つが、いまだにさとみを超える役には出会っておらず挑戦の日々だという。
「俳優として一色に染まるのは嫌だと思ったこともありますが、それほどの役に出会えたことはやはり幸せなこと。さとみは私が作ったのではなく、時代や視聴者の感性など、さまざまな要素が合致して生まれた役だと思っています」
当たり役の影響力に悩むことはあっても、マイナスにはならない。なぜなら、いつかそれを超えるという目標が役者を挑戦へと誘い、より輝かせるからだ。
【プロフィール】
有森也実/1967年、神奈川県生まれ。15才でデビュー。1986年『キネマの天地』で日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。『放浪記』(2003年・2005~2009年)をはじめ舞台でも活躍。
※女性セブン2025年1月1日号