役はフィクション、役者はリアル──別物にもかかわらず、名演がゆえに役と役者が同一視されることがある。そんな当たり役に恵まれることは役者として幸運なことではあるが、時にそれが足枷になったりすることもある。誰もが知る当たり役を演じた名優が、そんな葛藤を経ていま思うことを明かす──。
「原作のイメージを壊すな」とカミソリ入りの手紙や脅迫状
1913年に設立され、110年以上の歴史を刻む「宝塚歌劇団」。『ウエストサイド物語』や『風と共に去りぬ』など数多ある名作舞台の中で、空前のヒット作といえば、池田理代子さんによる同名漫画を原作とした『ベルサイユのばら』(通称・ベルばら)だろう。1974年の初演で、主人公である男装の麗人オスカルを演じたのが、当時月組のトップスターで、29才の榛名由梨(79才)だった。
「物語の舞台は革命に揺れる18世紀のフランス・パリ。壮大なスケールで描かれた原作は、大人の私も引き込まれました」(榛名・以下同)
オスカル役に抜擢されたことは光栄だったが、原作は大人気で熱狂的なファンが多かった。「原作のイメージを壊すな」「生身の人間にオスカルが演じられるものか」と、公演前からカミソリ入りの手紙や脅迫状などが送られてきたという。
「もちろん怖かったですよ。でも選ばれた以上は死に物狂いでやるしかない。それはオスカルの役に限らず、どの役もそう。必死に取り組む以外にないんです」
ヘアスタイルや衣装にもこだわりカールされた金髪のかつらは特注品
演出は俳優の故・長谷川一夫さん。歩き方や立ち方、手足や目線の動かし方まで、細かく指導されたという。
「長谷川先生は特に、優雅にゆっくりと動くことを強調されました。ウエストをねじった体勢のまま、ゆっくりとラブシーンを演じたときは、腸ねん転を起こすかと思いました(笑い)」
原作のイメージを壊さないよう、ヘアスタイルや衣装にもこだわり、カールされた金髪のかつらは、特注品だったという。その結果、幕が開くと大絶賛された。
「オスカルは女性でありながら男性として育てられ、男性に負けないように肩肘張って生きているものの、心は女性。繊細な役だけにやりがいもありました」
その後、宝塚歌劇団では、幾度となく『ベルばら』を上演。長谷川さんの遺志を受け継いだ榛名が、後輩の演技や演出を指導し、成功を重ねた。厳しい状況にあった初演での経験が、その後の成功の礎となったのだ。
「『ベルばら』は、役作りから表現法まで“宝塚のバイブル”ともいうべき作品です。この作品との出会いで私の俳優人生が豊かになったことはもちろんですが、オスカルやアンドレが“私の当たり役”なのではなく、宝塚という一歌劇団を、世界に知らしめた“宝塚の当たり役”だと思います」
誹謗中傷に屈することなく最善を尽した榛名の努力が、舞台に大輪のバラを咲かせたともいえる。
【プロフィール】
榛名由梨/1945年、兵庫県生まれ。元宝塚歌劇団月組・花組トップスター。1974年、『ベルサイユのばら』の初演でオスカルを、翌年にはアンドレも演じた。1988年に退団後、舞台を中心に活躍。
※女性セブン2025年1月1日号