
「警察犬」と聞くと、一般的にイメージするのは大きくて力強いシェパードだろう。しかし、警察犬も多様化が進み、小型犬が活躍できる時代になったという。小さいからこそできる仕事がある―第一線で活躍する“現役”に話を聞いた。
トイプードルの警察犬・アンズちゃん
つぶらな瞳に、もこもこの毛が愛らしいトイプードルのアンズちゃん(メス、12才)。しかし、彼女はかわいいだけではなく、勇敢な一面も持つ。
実はアンズちゃん、警察犬指導士の鈴木博房さんのもと、茨城県警で活躍する警察犬なのだ。警察犬には各都道府県警察が飼育・訓練する「直轄警察犬」と、一般人が飼育・訓練する「嘱託警察犬」の2種類があり、アンズちゃんは後者になる。
DNA鑑定など科学捜査の手法が進歩した現代でも、警察犬の出番はなくならない。日本警察犬協会の事務局長が言う。
「犬は人間の300~1億倍といわれるほど嗅覚力が優れているので、捜査現場になくてはならない存在。主な仕事は、犯人のにおいから逃走を追跡する『足跡追及』や、現場の遺留品と容疑者のにおいが一致するかどうかを識別する『臭気選別』、行方不明者の『捜索』などです」

警察犬の犬種が増えている背景には時代の変化
日本では大正時代から警察活動に犬が活用されていたが、現在の嘱託警察犬制度がスタートしたのは1952年のこと。1956年には、直轄警察犬制度が発足した。
日本警察犬協会が警察犬と指定しているのはシェパード、ドーベルマン、コリー、エアデール・テリア、ボクサー、ラブラドール・リトリーバー、ゴールデン・リトリーバーの7犬種。どれも大型犬だが、近年は嘱託警察犬を7犬種以外に拡大する動きが各道府県の警察にある。主に小・中型犬が増えて多様化の時代になっており、朝日新聞の調査によると2015年には全国で18種だったが、2024年には31種になったという。犬種が増えている背景には時代の変化がある。

「大型犬は散歩するにも周囲への配慮が必要ですし、住環境の変化により、都市部で大型犬を飼育することが難しいことも影響していると考えられます。また、災害現場で狭い場所を捜索するなど、大型犬よりも小型犬が有利なケースもあり、犬種を問わない動きがあるのでしょう」(前出・日本警察犬協会事務局長)
アンズちゃんが茨城県警初の小型の嘱託警察犬となったのも、2016年度の採用から門戸が広がったからだ。
「優秀であれば、犬種を問わず採用する方針に転換しました。現在、トイプードル以外にもプードル、ブルテリアなどが活動していますし、過去に柴犬やミックス犬が在籍したこともあります」(茨城県警鑑識課)
神奈川県警も2021年に制限を撤廃し、今年からビーグルが活動を始めている。

嘱託警察犬は年1回、各道府県警察の審査会によって選定され、合格すれば1年間警察犬として活動する。アンズちゃんは今年で10年目の大ベテランだ。採用の基準は各道府県警によるが、警察犬に必須となる「足跡追及」「臭気選別」の試験が行われることが多い。
鈴木さんは、認知症患者が増え自宅から出て徘徊してしまう高齢者など、早期の保護が必要な「特異行方不明者」が増加傾向にある現代で、小型犬の需要を実感する。
「犯罪性のない現場では大型の警察犬が行くと、近隣に注目され、家族に迷惑がかかってしまう。事件でもないのにSNSなどで個人情報が拡散されるリスクもあります。その点、アンズのような愛玩犬は、散歩を装って歩けば違和感がありません」
大型犬では見逃す小さな遺留品を発見
行方不明の高齢者の捜索などで、これまで警察から3度の表彰を受けているアンズちゃんだが、最初から“特別な犬”だったわけではない。鈴木さんとの出会いは2013年。子犬のときに飼育放棄で動物保護センターに遺棄されそうなところを、偶然居合わせた鈴木さんに引き取られた。
「当時は飼育放棄されるとすぐ殺処分されたので連れ帰りました。すぐに新しい飼い主が見つかると思っていましたが、虐待を受けていたアンズは人を怖がり、トラウマを持っていた。布団に入って震えているような状況だったので、うちで飼うことに決めました」(鈴木さん・以下同)
人への恐怖心が強かったが、すでに警察犬として活躍する先輩シェパード3頭と暮らすことで、次第に警察犬としてのスキルを身につけていったという。
「シェパードを訓練していると、アンズも“私もやりたい”と一緒に行動しようとするので、冗談半分で教えました。最初は『座れ』『伏せ』『待て』など人の命令に従う『服従』から始めました。
ただし、愛玩犬のトイプードルは周囲の人や音に影響されやすく、集中力も持続しにくい。体重も3㎏、背中までの高さは25㎝程度なので、大型犬と比べて体格的にハンデがあります。しかし、40㎝の障害物を飛び越える『障害飛越』や、『足跡追及』『臭気選別』などを何度もチャレンジして覚えていきました」
約2年の訓練を経て、アンズちゃんは日本警察犬協会の最高位の資格を取得し、警察犬試験に一発で合格。だが実績を積むまでは、信頼してもらえないこともあったという。
「最初はどうしても捜査員のかたから、“こんなに小さい犬で大丈夫なのか?”と言われることがありました。確かに警察犬は体力が必要で、草木が茂る山道では大型犬が有利です。でも小型犬にも長所がある。歩幅が小さく、地面と鼻の距離が近いため、大型犬が見逃してしまう小さな遺留品を発見できる可能性があり、狭い場所にも入れます。アンズの子・エリーも警察犬になり、窃盗事件の捜査では、犯人の指紋がついた証拠を床下から発見しました」
アンズちゃんが行方不明になった小学生を発見
現在、鈴木さんが飼育している嘱託警察犬はアンズちゃんを含めたトイプードル3頭とシェパード2頭。24時間待機し、県警から要請があればすぐに出動する。
ある日の正午頃、県警から出動要請を受けたのは、行方不明になった小学生の捜索だった。鈴木さんは、「場所が住宅街なので、目立ちにくいアンズに任せよう」と判断。現場でアンズちゃんに子供の靴のにおいを嗅がせると、猛スピードで飛び出していった。
「私と捜査員はアンズを信じて後を追いかけました。かなり歩いて住宅街を抜け、田んぼで開けた場所にさしかかったところで捜査員が聞き込みをすると、数時間前に小学生の目撃情報がありました。アンズはさらに歩き始め、出発点から数㎞のところで警察官が無事に子供を発見することができました」
鈴木さんによれば、最近は子供が親との関係や受験に悩んで、行方不明になるケースも増えているという。
「自殺寸前に発見したこともあります。また、行方不明の高齢者を捜す機会も多いですが、いまの季節は凍死のリスクがあるので一刻を争う。私は地域に貢献するために警察犬指導士になったので、基本的に出動依頼は断りません。犬たちも日々訓練を続けて、準備しています」

犬種を超えてワンダフルな活躍をする犬たちが、私たちの安全な毎日を支えてくれている。
※女性セブン2025年1月30日号