
「命はみな平等」「命はお金にかえられない」とはよく聞くものの、世界を見れば戦争や飢餓で苦しむ人があふれる一方で、お金があれば助かる命もある。
医師で中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授の真野俊樹さんと、医療経済学者で元長浜バイオ大学教授の永田宏さんが、自分自身の力ではコントロールできない「命の値段」の真実に迫る。
真野:日本では「命の値段」や「命の平等」というテーマは真っ向から議論されにくい。タブー視されている風潮があります。
永田:そうですね。命の平等論について議論するとき、どういう意味で平等性を考えるのかというのが大事だと思っています。法律的にも倫理的にも命が平等なのは疑いようのない事実です。
しかし亡くなったときに命につけられる“値段”には違いが出てくる。誰かの故意や過失で亡くなれば、損害賠償金として慰謝料、死亡逸失利益、葬儀関連費などが支払われ、それがすなわち“命の値段”となります。逸失利益は収入や年齢、扶養家族の有無などいろんな状況を加味して算出される。そういう意味では命はお金に換算されるし、平等ではないといえるでしょう。
真野:医療制度の話でいえば日本には国民皆保険があるので、全員が平等に治療を安く受けられる。欧米ほど医療格差はありません。アメリカでは全国民に対する公的な医療保険制度はなく、救急車が有料なのも有名な話。イギリスやスウェーデンは公費負担で医療を無料で受けることができますが、日本ほど手厚くありません。イギリスでは延命効果が低いなど費用対効果が悪いものは対象外とされ、全額自費治療となります。
永田:海外は日本よりシビアですね。中国の医療保険は一生に使える上限が決まっていて、超えた分は自分で払わなければいけない。タイなんてお金を払えないとわかれば、患者でも病院から追い出すほどです。
真野:医療費が高騰しているのは、医療技術が進歩して高度な医療が増えたからでしょうね。ドイツやフランスなどでは、2013年頃からイギリスにならって医療の費用対効果を考えるようになりましたが、日本ではなかなか議論が進みにくい。でもこのままだと明らかに財源が足りないので、いまの平等な状態もいつまで続くかわかりません。

永田:すでに医療の格差が、“命の格差”を生み始めていると感じます。命にかかわらない病気ほど差が出やすい。たとえばアトピーによく効く抗体薬がありますが、薬価は月額10万円ほどで3割負担でも月3万円。薬代だけで年間36万円かかります。生活にゆとりがあれば払えますが、そこまで負担できない人は、あまり効かない従来の安い薬を選択することになるでしょう。
真野:そういう意味では経済力の差が受ける医療の質に影響するケースはすでにあり、今後はさらに広がる可能性がありますね。個人的には、風邪や花粉症のように軽い症状なら病院に行かずに市販薬で対処する方がいい。でも命にかかわる治療は誰でも受けられるよう、皆保険制度を維持してほしいです。
しかしいま、全員が平等に幸せになれるシステムは崩れつつあります。無理な平等が続く背景には、高齢者にいい治療を受けさせてあげたいという日本特有の考え方もありますね。
永田:そうですね。日本をはじめとする東アジアでは、“高齢者を見捨てない”という思想が根強い。
真野:欧米では自分の最期は自分で決めるのが当たり前。親が“もう高齢だし治療はつらいから、緩和治療に切り替えたい”と言ったら、本人の選択が尊重されます。でも日本では意思決定に家族の意思が影響するので、助からないがん治療や延命治療を続ける方向に傾きやすい。そうなると当然、医療費もかかります。
永田 日本では、“本当にこの治療をして幸せですか?”という議論がなく、寿命が延びれば幸せだという前提が出来上がっているんですよね。
真野 その通りです。無理に長生きしたくないと考える国と、祖父母や両親に長生きさせたいと考える国では、根本的に命に対する価値観が違うと感じます。
世界の先端医療から日本は見捨てられる
永田:日本はいまや国民1人あたりの名目GDP(国内総生産)は、OECDに加盟する38か国中22位。もはや先進国ではなく“中流国”になりました。GDPが伸びず人口が減る以上、いまのような医療を国民皆保険で受けられる贅沢な時代は長くて5年しか続かないでしょう。早ければあと2〜3年で終わりを迎えます。
真野:欧米諸国ですでに承認されている新薬が国内に入ってこない“ドラッグロス”の時代にもなっていますね。少し前まで日本は人口が多く国民皆保険で薬が普及しやすいので、海外の製薬会社にとって魅力的な市場でしたが、いまは人口が減少しマーケットが縮小している。加えて日本には販売が拡大すると一度決まった薬価が下がる仕組みがあり、製薬会社にとっては売り上げが予測しづらい。

永田:残念ながら最先端技術を用いた新薬を研究開発しているのは、主に欧米諸国のメーカーなんですよね。新薬の薬価は高額で、1人あたり1年で500万〜1000万円レベルのお金がかかります。日本のマーケットが相手にされなくなり国内承認されなくなると、使いたい人は個人輸入という話になる。それこそお金のある人しか手が出せなくなります。
なぜこんな状況になったかというと“長生きしすぎ”だから。高額な医療を受ける人が多いのに、財源を下支えする人が圧倒的に少ないため、命の値段を気にする時代になってしまった。
真野:おっしゃる通りです。日本人は安くて質の高い医療に慣れすぎている。今後の方策を真剣に考えなければ破綻します。近い将来、裕福な人だけが難しい病気やけがを治せて、長生きできるという究極の時代になってしまう。再生医療で老化した臓器を取り替えたり、脚を失っても超高性能ロボットに置き換えたりといったことは、イーロン・マスクくらいの資産家がお金をかければできる日がくるでしょう。
永田:あり得ない話ではないですね。皮肉な話ですが、医療が発達して寿命が延びなければ命の値段という概念は生まれなかった。お金がかかるから1人あたりの医療費を抑えようと言われ始めたのはここ30年の話です。そもそも、全員が平等で格差のない医療があり続けると思うことが、“お花畑的思考”なのです。本当の意味での平等とは何か。私たち日本人はそれを考える岐路に立っています。
【プロフィール】
真野俊樹(まの・としき)/医師、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授、多摩大学大学院MBA特任教授。著書『「命の値段」はいくらなのか?』では経済学の観点から医療政策のあり方について論じている。
永田宏(ながた・ひろし)/医療経済学者、元長浜バイオ大学教授。日本の医療制度のあり方を分析した『命の値段が高すぎる!』ほか、『健診結果の読み方 気にしたほうがいい数値、気にしなくていい項目』など著書多数。
※女性セブン2025年6月26日号