“人格者ではあるが、ちょっと変で面白い”人間国宝たちの素顔「大地に根ざした暮らしの中で育まれた創作哲学」「男性中心の鍛金の世界でパイオニアとなった女性金工作家」

映画『国宝』のヒットで「人間国宝」という存在に注目が集まっている。人間国宝の認定は、文化審議会の調査検討などを経て文部科学大臣によって行われ、これまで認定された人間国宝の延べ人数は、制定以来75年間で395人(実人員392人)で、現在の人数は105人。彼ら、彼女らはいったいどんな人なのか。【全3回の第2回】
日本の重要無形文化財のひとつに、映画『国宝』で描かれた歌舞伎がある。江戸時代に始まった歌舞伎は日本を代表する伝統芸能で、これまで28人の歌舞伎役者が人間国宝に指定された。『歌舞伎 家と血と藝』の著者で作家の中川右介さんが語る。
「人間国宝は主役級だけではなく、“名脇役”が認定された例もあります。役者だけでなく、義太夫節の演奏者である竹本や三味線奏者が認定されている。ただし、歌舞伎の世界で人間国宝になっても待遇が変わるわけではなく、一種の“名誉称号”といえるでしょう」
人間国宝の工芸作家たち30人を取材し、『人間国宝という生き方』を上梓したライターの渡辺紀子さんもこう話す。
「人間国宝は、無形文化を次世代に引き継ぐ役割も期待されるので、それなりの人柄が求められるようです。人間国宝というと大先生のように思いますが、私が取材した国宝さんたちは皆、個性が強くて、ちょっと偏屈でおもしろかった。大失敗をしたり、落ち込んだり迷ったり、人間的でチャーミングなかたが多かったです。やはり、何かを極めようという人はどこか変わったところがありますよね」
大地に根ざした暮らしの中で育まれた創作哲学
人格者ではあるが、ちょっと変でおもしろい──渡辺さんがそう評する人間国宝はどんな顔を持つのか。渡辺さんが挙げるひとりが「竹工芸」の勝城蒼鳳さん(2023年没・享年88)だ。
「栃木県大田原市の畑の真ん中にポツンとある一軒家が自宅兼工房でした。もともとはかご職人で、春彼岸から秋彼岸までは農業、冬の間はかご作りがこの地方の一般的な農家のありようでした。時には出稼ぎにも出たりする。そんなあるとき、伝統技法を教えながら創作活動を行う工房と出会って、自由にかごを編む楽しさに目覚めたそうです。
目に映る自然をテーマに創作意欲が止まらず、孫からもらったわら半紙のお絵描き帳に頭に浮かんだデザインをデッサンし、風呂場で裸でバスタブに腰をかけて、湯で竹を濡らしながら編む。そして日々、畑を耕し、田んぼに入る。彼の創作哲学は、そんな大地に根ざした暮らしの中で育まれたものです。映画『国宝』で人間国宝の歌舞伎役者を演じる田中泯さん(80才)との共通点を感じますね」(渡辺さん・以下同)
女性でいうと金工作家の大角幸枝さん(79才)だ。1945年生まれの大角さんは、東京藝術大学在学中に「金属」という素材のおもしろさに魅せられ、「鍛金」の道を志した。

「当時はまだまだ女性の社会進出が難しい時代で、男性は仕事、女性は家庭を守るというのが一般的でした。女性が金属を扱うといえば、せいぜいが彫金。大角さんも彫金から入ったのですが、それでは物足りなかった。もっと大きなこと、それまで外注していたボディーから自分で作りたいと思うようになり、鍛金の分野へ。当時、鍛金を手がける女性は大角さんただひとりでした。作業場で“あれ、女がいるよ”なんて言われることはしょっちゅうだったそうです」
それでも一心に道を極め、2015年に69才で鍛金分野の人間国宝に認定される。
「女性の『金工』の人間国宝認定は初めてのことでした。男性中心の鍛金という世界で、男性に勝つとか負けるとかではなく、自分が目指す高みに向かって淡々とやってこられた。まさにパイオニアです」

(第3回へ続く)
※女性セブン2025年7月24日号