《「日本一を目指そう!」では動かない》「社員には自分自身を愛してもらいたい」シーラ杉本宏之会長がLOIVE代表・前川彩香さんに聞く”マネジメントにおける男女差”

短期集中特別対談「シーラ杉本宏之会長が女性トップランナーに聞く『未来の作り方』」第1回・後編
北海道・札幌のヨガスタジオから始まり、今年4月には女性社員99%の会社を東証グロース市場に上場させた株式会社LOIVE(旧・株式会社LIFE CREATE)代表・前川彩香さんと、民事再生という危機を経験しながらも、経営者として再び立ち上がり、いまや企業を成功へと導いている株式会社シーラホールディングスの代表取締役会長・杉本宏之さん。後編では、杉本さんが前川さんに「危機の乗り越え方」や「マネジメントにおける男女差」について聞いた。(前編から続く)
コロナ禍の危機と決断
杉本:私自身は一度、リーマン・ショックで400億円の借金を抱えて民事再生を経験しています。なので、まずゼロから会社を立ち上げるとき、そして再びマイナスから立ち上げるときの2回、起業した経験がある。
前川:それは大変でしたね。
杉本:特に2回目は「コイツは1回失敗したよね」という信頼を失ったところから資金を調達して、経営の基礎を作るのが大変でした。前川さんは会社をここまで成長させるまでに、大きな壁にぶち当たったことはありますか?
前川:実のところ、ここまでくるのにそこまで大きな壁はありませんでした。複数のブランドを立ち上げて走らせていましたが、ありがたいことに計画通りに店舗の拡大もできていました。資金調達についても、父が退職金を貸してくれたり、銀行も前向きに貸してくれて。でも、コロナ禍のときは一度だけ赤字になりましたね。
杉本:あのときは社会全体が一種のパニック状態だった。ヨガをはじめとしたフィットネス業界は大変だったでしょう?
前川:そうですね。緊急事態宣言中はお店も全店クローズしていましたし、新規店舗をオープンするどころではありませんでした。でも、売り上げが入ってこないなかでも、採用が決まっていた100人近くの新卒の子たちは全員そのまま採用したんですよ。
杉本:ええ、100人近く全員! それはすごい。
前川:まぁ……少しだけ悩みましたけどね(笑い)。でもこういうピンチのときにこそ、経営者の意思決定が問われると思うんです。お客様に対しても同じだと思っていて。新型コロナが流行してお客様から休会の希望が殺到したのですが、当時のフィットネス業界の休会は、月途中での即日休会があまり浸透していませんでした。でも私たちはフィットネス業界でいち早く、その日のうちに即日休会できる特別制度を始めました。3日間くらいどうしようかと悩んだのですが、こういうときこそ経営者としてお客様にしっかり向き合わないといけないと思ったんです。
杉本:それは勇気がいる決断でしたね。でも結果的にはそれが功を奏した?
前川:そうですね。退会ではなく休会されたお客様が多かったので、そのままお客様が戻りやすい状態を作ることができました。コロナ禍がひと段落してからの立ち上がりは早かったです。
杉本:私もあのときは社員を安心させることが第一だと考え、2,3か月のあいだ売り上げが入らない状況でしたが、社外取締役たちを説得して逆に社員の給与を増やし、リモート支援金などの手当も追加で出しました。シーラホールディングスは「会社は家であり、社員は家族である。社員とお客様が幸せになって初めて企業が成長する」という理念を掲げています。だからこそ会社が危機に陥ったときこそ、まずは社員を安心させなければいけないと考えたのですが、これが結果として社員の絆が深まることとなり、売り上げも上がり会社の成長にもつながっていきました。
前川:素敵な話ですね。やっぱり、危機的なときにこそ経営者の器みたいなものが見えてくるのですね。
タイムマネジメントの極意
杉本:お忙しい毎日だと思いますが、前川さんはスケジュール管理をしっかりされているとか?
前川:起業したての頃から、忙しい中でも子供との時間を大切にしたくて、タイムマネジメントを徹底するようになりました。子供はもう成人していますが、朝は6時に起きて、週に3回は7時からジムで体を動かし、9時から働くといったふうに細かく決めています。
杉本:お付き合いの会食も多いのでは?
前川:会食にも行きますが、カロリーコントロールをして体調を整えるために、お酒は飲みません。自分のメンテナンスも含めてタイムマネジメントをしているので、忙しいからといって美容を怠ることもないように努めています。自分の心や体を整えていないと、社員にもお客様にも向き合えませんから。
杉本:私自身はお酒も飲みますが、おっしゃっていることはすごくよくわかります。経営も人生も、自分のコンディション管理がすべての基礎ですよね。
■ 理念は“暗記”ではなく“体験”するもの
杉本:前川さんはよく、企業の存在意義である「パーパス」について語っていらっしゃいます。経営者としてパーパスを大事にされている理由を改めてお聞かせいただけませんか。
前川: LOIVEのパーパスは「自分を愛し、輝く女性を創る」。企業理念のようなものはただ唱えても意味がないと思っていて、社員には仕事の中で理念を感じて、実現された世界を見てほしいと思っています。
杉本:ただ暗記するのではなく、実際に女性たちに自分を愛して輝いてもらう。そうやって経験に落とし込むことで、理念を真の意味で理解できるということですか?
前川:ええ。育児と仕事を両立して、仲間に支えられた経験を重ねていってほしい。会社は規模が大きくなればなるほど、まとまるために「目的」や「哲学」の社内共有が重要になります。自分を愛するために、自己肯定感を高める社内カリキュラムも取り入れています。
杉本:珍しいですね。
前川:自己肯定感はとても大事で、低いと自分や人のことを信じることができません。高まれば人間力が高まるし、心から人を愛することができるし、会社を愛してくれるようになります。人生の目的や夢を持てるようにもなるので、働く目的もはっきりします。そういう社員のポジティブさはお客様にも伝わるんですよね。
杉本:確かにそうですね。そのようなマネジメント手法にも女性特有の心の機微みたいなものは関わっているのでしょうか。
前川:明確にありますね。女性にとっての働きやすい環境って、「制度を整える」とかそういうもの以上に「働くマインドの高めかたを共有する」ことが重要だと思っているんです。そしてその働くマインドを高めるアプローチが男女で違う部分があると感じています。男性は「前年対比何%いこう!」とか「日本一を目指そう!」とか「年収○○○万円だ」など同じ高い目標に向かっていくことにモチベーションを持てることが多いですよね。ただ、女性社員が1000人以上の会社を経営していて感じるのは、女性は「この人のためにやっている」とか「ありがとうって言われたい」といった“感情報酬”といわれることが大事だなと感じます。
前川:インセンティブないんですよ。役職に応じた報酬とかはありますが。
杉本:それはお話しされている内容と経営方針にブレがなくて、本当にすごいですね。
前川:インセンティブでは動かないんですよ。ただ誤解されたくないのは、うちの社員は成果に対して本当にストイックですよ。ギリギリまで絶対に目標を達成する気持ちを途切れさせない。それはなぜなら成果のためではなく、「パーパス」=目的のためなんですね。この目的のために成果が必要だという共通理解があるから全員が動くのであって、シンプルな成果であるインセンティブとかでは動かない印象ですね。
杉本:うちの会社も3割強が女性社員なので勉強になります。しかし、男女両方いるとバランスを取らないといけないですからね。そういうところも、社員1000人のうち99%が女性という強さのように思えます。でも男女差別をするわけではありませんが、女性が多いと出産や育児で仕事が続きづらいことってないのでしょうか?
前川:子供がいる女性は仕事に集中しづらくなるのは確かです。男女平等と言いますけど、どうしても子育てしながら働くとなると、実態は全然違いますからね。でも、家庭や育児を理由に女性がキャリアをあきらめるべきではありません。まずはLOIVEの中でキャリアを上げて頑張れる女性を増やしていき、その流れを波及させて日本全体の女性管理職の比率を上げていくのが夢です。そのために、最近では新規事業としてHR領域の人材教育事業のローンチもしました。女性のマネジメントは我々が一番得意とすることなので、マネジメントスキルを教える研修や、男性がどう女性社員と向き合っていけば成果が出てくるかという研修を進めてまいります。
杉本:それはぜひ、うちの会社でもお願いしたいです!
◆シーラホールディングス会長 杉本宏之さん
1977年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後、宅建主任者資格を取得し不動産会社に営業職として就職する。2001年に独立し、エスグラントコーポレーションを設立。05年、不動産業界史上最年少で上場を果たすが、09年に民事再生を申請。2010年に現シーラテクノロジーズを創業し、事業の拡大を続け、2023年に米国ナスダックへの上場を実現。業界の発展にも積極的に関与し、一般社団法人AI不動産推進協会の監事、一般社団法人日本不動産クラウドファンディング協会の理事、新しい都市環境を考える会の理事を務める。2025年に株式会社クミカと経営統合を行い、同年6月1日付でシーラホールディングスへと商号変更。代表取締役会長に就任した。
◆LOIVE(ロイブ)代表 前川彩香さん
1978年生まれ、北海道出身。専業主婦を経て、2006年、28才で北海道発のホットヨガスタジオをオープンし、大きな話題を呼ぶ。2008年株式会社LIFE CREATEを設立し、2025年4月、東証グロース市場に上場。8月に商号を「LOIVE(ロイブ)」に変更。現在は複数の女性専用フィットネスブランドを全国180店舗以上展開。従業員は約1000名のうち99%を女性が占める。