
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。介護により追い詰められた末の悲劇は後をたたないが、一線を越えてしまう前に何をすべきか。実際に起きたケースを踏まえて精神科医に聞いた。
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長野県の諏訪湖では毎年夏、全国屈指の規模を誇る花火大会が行われ、例年約50万人が訪れる。冬には湖が結氷して氷が裂けて盛り上がり、神が通った道筋のようになることから名づけられた「御神渡り」という壮麗な自然現象が見られることもある。そんな四季折々の表情を見せる人気観光地から徒歩圏内の町で、悲劇が起きた。
2024年5月、東森翔太(仮名)が帰宅すると、93才の母親と妻の町子(仮名・64才)が倒れていた。翔太はすぐに110番通報した。しかし、駆けつけた警察官により母親の死亡が確認され、負傷していた町子は病院へと搬送された。警察が話を聞いた結果、町子の傷は自傷によるもので、彼女は義母の鼻と口をふさいで殺害した後に心中しようとしたという。町子は同年7月に殺人容疑で逮捕され、容疑を認めた。
東森家が同居を始めたのは約40年前にさかのぼる。
「長い同居生活の中で年老いた義母は腰を痛め車いす生活となり、事件の10年前から介護が必要になったそうです。町子は会社で事務員の仕事を続けながら、義母の介護も担うようになりました」(全国紙社会部記者・以下同)
町子は60才を超えてなお義母の介護をしながら、家計を支えるために仕事も続けた。心中を決意するそのときまで──。
町子の10年に及ぶ仕事と家事と介護の三重苦生活は非常に困難だっただろう。しかし、周囲から見ると町子の家族は順調に見えたという。
「近所の女性によると、町子は義母をよく世話しており、家族仲は良好に見えたそうです」
その陰で三重苦生活による終わりの見えない状況が、町子の心身を確実に蝕んでいた。作家で精神科医の樺沢紫苑さんは、真面目な人は手を抜くことができないため、介護では自分を追い詰めやすいと指摘する。
「介護は重労働であるうえ、区切りがありません。終わりが見えない中、献身的な介護を続けていると当然疲弊していき、やがて燃え尽きてしまいます。また地域によっては周囲の目を気にして遊びにも行けず、息抜きや気分転換することがなかなかできない場合もあります。そうなると余計、自分ひとりでやろうと追い込まれていきます。たとえ1時間でもいいので、完全に介護から離れる時間が必要。割り切ることが介護を長く続けるポイントです」(樺沢さん)
捜査当局も町子の心神喪失を疑った。
「逮捕から約2か月、状況証拠や町子の状態から刑事責任能力の有無を調べる鑑定留置を行いました。その結果、心神喪失者等医療観察法に基づいて入院措置を取るかの判断を行う審判を長野地裁に申請しました。殺人罪については精神鑑定結果や証拠関係などの事情を考慮し、不起訴処分となっています」(前出・全国紙社会部記者)
心中ですべてを終わらせようとした町子の心境は、後悔かそれとも──。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2025年12月4日号