
悠仁さまのご活躍がめざましい。9月の成年式以降、学生のお立場でありながら着実に公務の経験を積み重ねられている。その自信は、かつて衝突が囁かれた母親との関係も変化させたようだ。
東京の南方およそ120kmに位置する伊豆大島までは、竹芝(東京・港区)から高速ジェット船でおよそ2時間の船旅だ。住所の上では“東京都”であるものの、火山島ならではの起伏のある地形と、雄大な自然を満喫できる。
秋篠宮妃紀子さまと長男の悠仁さまは、『東京デフリンピック』のオリエンテーリング競技をご覧になるため、11月22・23日の1泊2日で同島に足を運ばれた。デフリンピックは「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」とされ、日本では今回が初開催だ。
「紀子さまは大学時代に手話サークルに所属され、これまでにさまざまな手話にまつわる公務に積極的に参加されてきました。そのお気持ちを次女・佳子さまも引き継がれ、現在『全日本ろうあ連盟』の非常勤の嘱託職員として働かれています。11月15日の開会式にご一家お揃いで臨席されたように、デフリンピックは秋篠宮家にとって一大イベントと呼べるものでしょう」(皇室ジャーナリスト)
伊豆大島でのご滞在中、紀子さまと悠仁さまは競技観戦のほか、2013年の台風による土砂災害犠牲者の慰霊碑への供花などをされた。

「悠仁さまにとって、公務での自然災害の被災地訪問は初めてのことでしたが、花を手向けて拝礼されるお姿には、犠牲になった人々の魂に寄り添われようとするお気持ちが表れていました。被災者の救助や捜索にあたった元消防団員の話を聞かれた際には、“島民のつながりが感じられました”と話されました」(皇室記者)
ほかにも老人ホームや椿油製油所のご視察などをされた紀子さまと悠仁さま。目立ったのは紀子さまの“自制”だったという。
「各訪問先で懇談や関係者からの説明などを受けられる際、紀子さまはカメラマンの立ち位置を気にし、悠仁さまと重なりそうなときには、そっと後ろに身を引かれていたのです。悠仁さまの振る舞いが、報道を通してしっかりと伝わってほしいという母心に感じられました」(前出・皇室記者)
お出ましの判断は悠仁さまに
今年9月の成年式以降、悠仁さまのお姿には皇族としてのご自覚があらわれている。
「以前は目にかからんばかりに前髪を下ろし、表情が見えにくいこともありましたが、いまでは前髪がすっきりし、眉の形も整えられたようで凜々しさが増しています。今回の伊豆大島のご滞在中も前髪はくっきりと分け、以前より表情豊かでいらっしゃいました。周囲からの視線を意識し、見た目にも気を使われているのでしょう」(前出・皇室ジャーナリスト)
現在、悠仁さまは筑波大学の1年生だ。
「充実したキャンパスライフを送られており、授業はもちろん、バドミントンサークルの活動にも熱心に参加されています。11月初旬に開催された学園祭では、黒髪で小柄なかわいらしい女性と一緒のグループでキャンパス内を回られ、ミニスカートの女性から声をかけられて“記念のツーショット”に快く応じられていました」(筑波大関係者)
講義やサークル活動の都合によって、赤坂御用地内の秋篠宮邸と、大学近くの単身者用の部屋を使い分けられている悠仁さま。
「茨城県つくば市内の部屋は『民間の集合住宅』ではありますが、ほかの住人と顔を合わせないで済む構造になっており、セキュリティーが確保されています。いまのところ、その部屋にご学友を招かれたことはないようです」(宮内庁関係者)
学業優先の方針は貫かれており、公務は学業に支障のない範囲でのこと。今回の伊豆大島ご訪問は、折よく三連休中だった。母子で観戦されたオリエンテーリングは、紀子さまにとって思い入れのある競技でもあった。
「紀子さまは2019年7月に『国際地図学会議』に出席された際、研究者からオリエンテーリングの魅力を紹介されたことがありました。以来、プライベートでも大会に参加され、競技者としても楽しまれています。
北欧で人気のアウトドアスポーツであるオリエンテーリングは、地図とコンパスを頼りにいくつかのチェックポイントを巡りゴールまでのタイムを競う、体力と知力が試される競技。悠仁さまのお好きな登山と共通するものがあり、紀子さまがたびたび魅力をお話になっていたこともあって、悠仁さまは関心を持たれていたようです」(別の皇室ジャーナリスト)

一方、悠仁さまは現在19才。一般的には、母親と2人で、それも宿泊を伴う片道2時間近くの船旅には積極的になれない年頃だろう。加えて言えば、悠仁さまが公務にお出ましになるかどうかの判断は、悠仁さまご自身に委ねられている側面もある。
「10月28日に赤坂御苑で開催された秋の園遊会に、悠仁さまの初参加が期待されていましたが、出席されませんでした。宮内庁は“学業優先”を理由にしましたが、悠仁さまが欠席を決められ、秋篠宮さまが承諾されたと聞きます」(別の皇室記者)
今回の伊豆大島行きについて、悠仁さまはどのような思いで母と子2人きりの旅に挑まれたのか。
「紀子さまは、長女・眞子さんのご結婚に端を発した逆風を正面から受け止めながら、皇位継承者が2人いる秋篠宮家のために心を砕かれてきました。悠仁さまはその奮迅ぶりをよくご存じです。かつては紀子さまのささいな言い間違いをことさら強い口調で指摘するといった“反抗期”のような兆候もありました。
しかし、今回の訪問にあたっては母の隣に立って、秋篠宮家の一員としてろう者のスポーツの祭典を盛り上げ、被災地に祈りを捧げることで“母を助けたい”というお気持ちを抱かれたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
そうした思いは、伊豆大島で披露された手話にも見ることができる。
「悠仁さまが手話を学ばれているという話は、これまで一度も聞いたことがありません。今回、ぎこちないながらも手話でデフリンピックの関係者と懇談されました。事前に練習したであろう手話は、これまでずっと紀子さまが取り組まれてきたもの。“息子”のそんな思いに、紀子さまも万感の思いでしょう」(前出・宮内庁関係者)
皇族としての自覚を胸に、悠仁さまは天皇への道を歩まれている。
※女性セブン2025年12月11日号













