
モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」(女性セブン掲載)。今回のゲストは前回に続き、ピアニストの清塚信也さんです。
「ピアノで成功しなければ一家全滅」と母親に言われ、スパルタ教育で育った清塚さん。前編では、タブーが多い世界で常識を変えてきたお二人の間に共感の輪が広がりました。後編では、10代で単身ロシアへ渡った留学経験から、軌道に乗った先にある苦悩まで、赤裸々に語ってもらいます。
高校の音楽科を卒業後、失恋してロシアへ留学
アンミカ:清塚くんは高校の音楽科を卒業後、ロシアへ留学されましたね。もう25年前になるのかな。チャイコフスキーやラフマニノフなどロシアは素晴らしいクラシック音楽の作曲家をたくさん輩出しているけれど、特別に惹かれる理由があったんですか。
清塚:モスクワは演奏家のレベルが高くて、まずそこに惹かれました。日本の留学生にはウィーンやパリが人気なので日本人が少ない環境もよかった。あと、ちょっと過酷な地に身を置いて研鑽を積みたいという気持ちもあって。
アンミカ:よりストイックに音楽と向き合える環境を求めて。
清塚:すみません、格好よく答えすぎました。いちばんの理由は失恋です。卒業直前に私を振った彼女がニューヨークへ留学しまして。そっちがアメリカなら冷戦だ! と、自分はロシアを選びました。
アンミカ:うまい(笑い)。若い時代の失恋の傷や悔しさってバネになりますよね。10代、20代は恋愛がすべてだったりするから。
清塚:初めての彼女だったし、高校まではピアノ漬けの毎日で人づきあいも苦手だったから、やっと通じ合える人と出会えて溺愛していたんです。高校の同じピアノ科の同級生でした。
アンミカ:共通点も多く、わかり合えることが多かったんですね。
清塚:はい。一緒に過ごす時間を大事にしたくて、放課後をすべて彼女に捧げたんですよ。彼女が自主練するのを練習室の隅でずっと見守っていました。何も話しかけず、自分が弾くこともなく、ただひたすらに。
アンミカ:ちょっと怖いなぁ(笑い)。彼女につきっきりだと、自分の練習はどうしてたんですか?
清塚:早起きして登校前に済ませていました。それを彼女に言うと負担になると思って内緒にしていたんです。ところが同じコンクールで私が優勝しちゃったものだから「こんなに頑張っているのに、練習せずに私を追いかけてばかりのあなたに勝てないなんて。もう無理!」って、去っていかれました…。
アンミカ:それは切ない。同じ道を志しているカップルだからこその苦悩ですね。
清塚:理解し合える部分も多かったのですが、最終的には冷戦へと突入しました…。
アンミカ:モスクワへの留学は何年くらいだったんですか?
清塚:2年間でした。
アンミカ:10代での単身モスクワ留学は、言葉の壁で大変だったでしょう。
清塚:そこは意外と大丈夫でした。高校生の頃から夏と冬にポーランドやパリに短期留学に行ったり、日本にロシアの先生が来たときにレッスンを受けていたんです。

アンミカ:10代からすごい経験をされていたんですね。ロシアでの生活って想像ができないけど、文化の違いとかはありました?
清塚:いちばん大変だったのはね、愛想笑いがダメなこと。
アンミカ:えー! 初めて聞きました。
清塚:厳密にダメというわけではないんですが、心から笑うとき以外に笑っていると、ロシア人は馬鹿にされたととらえたり、言葉に裏があると思うんですよ。あと、当時はタクシー会社がなかったので、路上で自家用車を止めて金額交渉して移動するんですね。
アンミカ:いろいろと文化の違いについての情報が多すぎる!
清塚:お金がかかるヒッチハイクみたいな感じです。それで、降りるときに感謝をしてニコッて笑ったら、運転手にめちゃくちゃ怒られました。
アンミカ:私、基本的な顔が笑顔だからモスクワに行ったら怒られっぱなしじゃない?
清塚:はい、一歩一歩怒られます。でもその文化に慣れると、笑っている人を見たときに心からの笑顔なんだとわかって潔さを感じるようになりました。
100社の営業まわりで開けたキャリア「オリジナル曲で勝負をしたくて、門前払いでもとにかく売り込みました」
アンミカ:留学を終えてから、どのようにピアニストとしての清塚くんが形作られていったんですか。
清塚:モスクワで2年間学んだ結果、自分のオリジナル曲をつくりたい欲求が湧き上がったんです。クラシックは言うなれば、大いなるカバー。落語に通じるものがあって、出だしからオチまで全部わかっている。たとえば、ショパンはピアニストであり作曲家ですよね。たとえ200年前に生まれた偉人だとしても、作曲家としては同じライバル。でも私がショパンをうまく弾けば弾くほど、ショパンの株が上がっちゃうんですよ。
アンミカ:音楽家としてはライバルという意識なんですね。
清塚:だから、音楽に携わるなら自分の言葉で伝えないといけないと思い、オリジナル曲を生み出したくなったんです。でもクラシック音楽は先人への敬意の念が尊ばれる世界。プログラムに自分の曲を入れたら、「ショパンやベートーベンと肩を並べたつもりか」と先生に激怒されました。
アンミカ:リスペクトの形はそれぞれだと思うけれど、クラシック界でのタブーを冒してしまった。
清塚:当時はまだそういう時代でしたね。そこを打破したくて、必死で自作の曲を売り込んだんです。久石譲さんや坂本龍一さんのように映画やアニメで採用されないと広がらないと意気込んで、デモテープを持って制作会社を100社は回りました。
アンミカ:自らそんな地道な営業活動を。常に引く手あまたで活躍されてきたと思っていました。
清塚:全然違います。門前払いの嵐で、100社のうち1社が振り向いてくれたくらい。「コンクールだかなんだか知らないけど、こっちでは通用しないから」とキャリアを全否定されて絶望しました。でも負けてたまるかと歯を食いしばった。まぁ、私を無碍にした人の名前はメモしてありますけど(笑い)。
アンミカ:あははは。清塚くんは絶望したときの心の切り替え方をしっかり持っていていいですね。
清塚:家庭環境や旅とか留学先で自然と学んでいったのかもしれません。
そうして地道な営業を続けていくうちに声をかけてくれたのが映画『神童』の制作スタッフでした。主演の(松山)ケンイチが演じる落ちこぼれ音大生のピアノの吹き替えに使われたんです。
アンミカ:歴々たる実績をお持ちの清塚くんが落ちこぼれピアニストが弾く音を出すのは、難しくなかったですか?
清塚:人生で初めて、下手に弾く努力をしました。でも、そのがむしゃらさを見てドラマ『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)で玉木宏さん演じる千秋のピアノ吹き替え演奏に抜擢してもらえたんです。24才の頃で、人生が動いた瞬間、大きな転機でした。

アンミカ:どんなときも自分を手放さなかったことでチャンスをたぐり寄せたんですね。清塚くんは交友関係が本当に広いけど、中でも松山ケンイチさんとはとても信頼し合っていて。
清塚:ケンイチは私にとって初めての親しい友達で、『神童』での共演以来ずーっと仲よくしています。コユ(妻で女優の小雪)さんにもお世話になっていて。コユさんって看護学校で勉強されていたことがあったから、ケンイチと結婚したばかりの頃に「あまりよく眠れないんだけど、どうしたらいいかな」と相談したんです。そうしたら、「悩む暇があったら走ってこい!」って一喝(笑い)。隣でケラケラ笑っているケンイチを見て、この人となら幸せになるんだろうなって思いました。
アンミカ:小雪さんらしい気持ちいいエピソード! 小雪さんとは私も食事をご一緒する仲なんです。
清塚:コユさんとアンミカさん、合いそう。2人ともかっこいいし、裏表がないからね。
軌道に乗った先にある40代からの深い悩み
アンミカ:清塚くんはとにかく人脈の幅が広いですよね。
清塚:そうかなあ。所属事務所の社長の旬(小栗旬)は同い年なこともあってよく会うし、ゲーム仲間だと三浦大知くん、あとは芸人の見取り図、かまいたちとかかな。
アンミカ:芸人さんとの交流もあるんですね!
清塚:むしろ芸人さんがいちばんつきあいが多いんじゃないかな。
アンミカ:芸人さんとどういうおつきあいが多いですか。
清塚:ただただ飲みます。かまいたちの濱家(隆一)が高いワインを買ったから、そのボトルを眺めながらビールを飲む会とか。
アンミカ:なにそのニッチな会!
清塚:濱家がトイレに行っている間に抜栓しようかと思ったけどやめました(笑い)。あとは、ネスレ日本の元社長の高岡浩三さんが主宰している勉強会にも定期的に参加させてもらってます。経営を学ぶ朝活で、フィードバックがすごく多い。音楽にも役立つし、われわれの仕事って自分自身を経営している側面があるじゃないですか。
アンミカ:とてもよくわかります。そういうときに異業種のかたとお話をすると、普段とは違う脳が働いて刺激をいただけますよね。私が資格をたくさん取得するのは、異業種の友人をつくるためでもあるんです。漢方養生指導士、ハーブ、化粧品の薬機法管理者など、コミュニティーが複数あって定期的に交流しているんですが、友人が増えるだけでなく、出演する通販の番組にも役立っているんですよ。
清塚:何を学んでも、何かにつながるんだ。発想が天才だね。
アンミカ:いまは、物価が高すぎるのにお給料が上がらない大変な世の中です。そんなときこそ資格があれば就職にも役立ちますし、自信もついて前向きに物事を考えられるようにもなると思うんです。視野も広がりいいことばかりなので、いくつになっても学ぶことは大事ですね。
清塚:手始めに挑戦するなら、どんな資格を選ぶといいんだろう。
アンミカ:自分が得意そう、好きで続きそう、うっかり仕事につながってくれそう、そんな基準で気楽に探してみるといいと思う。接客業のかただったらマナー講座や日本語検定を学べば、かけ算になるでしょうし。
清塚:なんだか急に資格の学校に来たみたいだ!
アンミカ:将来が不安な世の中だからついつい資格の話をしちゃいました。清塚くんは将来のこととか考えますか?
清塚:先のことは全然。もう今日を生きるのに精いっぱいだから。
アンミカ:でもそれって、幸せなこと。いまを全力で生きていると悔いなく人生を謳歌できますもの。
清塚:全力で生きていないと、いまが疎かになるかもしれないという不安が出てくるんだよね。ただ、43才だし、そろそろインプットする時間もほしい。納得いくまでじっくり熟成させた作品づくりにも取り組んでみたくて。でも20才の頃にロシアから帰国して以来、激動の日々だったので、どう立ち止まればいいのか…。
アンミカ:インプットを求めているときって、もうすでに枯渇しているんですよね。私もそんな時期がありました。
お仕事をセーブするのは勇気がいるけれど、ファンの皆さんはパワーアップした清塚くんと再会できるのを楽しみに待ってくださるはずです。
清塚:そうですね。いま回っている47都道府県ツアーがひとつの節目かなと思っています。
アンミカ:どんなときも自分を手放さず逆境をチャンスに変えるために走り続けてきた人だから、今後の音楽人生にとって立ち止まる勇気も必要なのかもしれませんね。
清塚:本当にありがとう。アンミカ先生に勇気をもらいました!
清塚信也さんのHLLSPD
清塚さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はSmile、Peace、Dreamについて直撃!
Smile:あなたを笑顔にする宝物は?
家にある貴重なお酒の数々
Peace:心が穏やかになる趣味や場所は?
食べ歩き
Dream:子供の頃の夢は?
ピアニスト
◆モデル・俳優・アン ミカ
アンミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。
◆ピアニスト・清塚信也
きよづか しんや/1982年生まれ。5才からクラシックピアノの英才教育を受け、国内外のコンクールで数々の賞を受賞。映画・ドラマ・バラエティーでも幅広く活躍している。映画『ただいまって言える場所』では主題歌を作曲・編曲。現在、47都道府県ツアーを開催中。
構成:渡部美也 衣装:ワンピース/LEONARD ネックレス、ピアス/ともにアビステ(アンミカさん)
※女性セブン2026年3月19日号