
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
1989年11月19日21時半頃、買い物から帰ってきた大阪府八尾市在住の東野美恵さん(59才・仮名)が玄関のドアに手をかけると、鍵をかけたはずのドアが開いた。
「何かがおかしい…」
おそるおそる自宅に入り寝室をのぞくと、同居する母の八重さん(83才・仮名)が殺害されていた。八重さんは布団の横であお向けになった状態で、頭まで布団をかけられていたという。
「千枚通しのようなもので胸を4か所刺され、そのうちの1刺しが左肺動脈を傷つけたことによる失血死でした。凶器は見つからず、玄関付近には預金通帳が散乱し、美恵さんの部屋のたんすの中も荒らされていました。典型的な強盗殺人事件ですが、荒らされている場所がピンポイントで、争った跡もなかったことから顔見知りの犯行とみて捜査が開始されました」(地元紙関係者・以下同)
八重さんは2年前に夫と死別し、長女の美恵さんと2人暮らしだった。亡くなった夫は生前会社を経営しており、相続した財産は2人の生活費に充てていた。
「八重さんには高血圧と心臓病の持病があり月に1回通院していましたが、それ以外はまだまだ元気でした。周囲は、なぜ八重さんが殺されなければならなかったのかと悲しみに暮れました」
捜査の結果、思わぬ人物が逮捕される。犯人は八重さんの長男の元妻・赤口敬子(54才・仮名)と、その同棲相手の田中健介(25才・仮名)だった。
「かつて、敬子は八重さんの長男と結婚しましたが、事件当時は30才近い年下の恋人の健介と同棲を始めていました。健介はトラック運転手で敬子はホテル従業員をしていました。まじめに働いていればお金に困らないはずなのですが、2人は怠惰な生活を送っていたようで、やがて貧窮し始めます。
敬子は八重さんが相続財産で暮らしていたことを知っていたのでしょう。生活苦を切り抜けようと、八重さんを襲って現金を奪うため凶器のアイスピックを事前に用意し、犯行に及んでいました」
事件当日の夜、敬子と健介は2人で八重さん宅を訪ねた。八重さんは息子を“捨てた”はずの敬子が突然訪ねてきて驚いただろう。それでも門前払いをせず家に上げたところ、健介が八重さんを引き倒し、敬子がアイスピックで八重さんの胸を突き刺して殺害。その後、家の中を物色したのだ。
「奪われた現金は7000円ほどでした。たったそれだけのお金のために八重さんは殺害されたのです。検察も極めて悪質な犯行と判断し、両被告ともに無期懲役が求刑されました」
1992年4月24日、大阪地裁で2人とも求刑どおり無期懲役が言い渡された。
裁判長は判決理由として長男の心情を慮り、「妻に裏切られ、母親まで殺された夫の無念さは想像を超え、2人の刑事責任は極めて重大」と敬子と健介を厳しく断罪した。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年6月11日号