
生涯で2人に1人が罹患し、3人に1人が亡くなるというがん。「できることならがんにかかりたくない」とは多くの人が思うだろう。しかし、平均寿命が延び長寿リスクが指摘されるいま、「がんで死にたい」という声がある。名医が看取ってきた、がん患者たちの幸せな最期とは。【前後編の前編】
“死に向かう期間”がある
人間誰にでも死は平等に訪れるが、自分の死に方を選ぶことは難しい。都内在住のYさん(67才・女性)の父は20年前に心筋梗塞で亡くなり、昨年、母を亡くした。数年間におよぶがん闘病の末のことだった。
「父の死はあまりに突然でしばらくは信じられない気持ちでした。母はずいぶんと気落ちしてしまい、父の後を追ってしまうんじゃないかと心配したほど。
それに比べると、母の死は覚悟を持てた別れでした。余命を伝えられてからは、治療もほとんどやめてホスピスに移り、眠るように最期を迎えました。家族や友人に別れの挨拶ができるならがんで死ぬのは悪くない、と思えるほどでした」
病気で苦しむこともなく、寝たきりにもならずコロリと亡くなる―古来、日本では「ピンピンコロリ」が“理想の死”とされてきた。しかし平均寿命が延び、生活習慣病や認知症など病気のリスクが大きくなるとともに、医療が発達し延命治療もできるようになったいまピンピンコロリはそう簡単なことではない。医師で作家の久坂部洋さんが言う。

「ぽっくりと死ぬ可能性がある心筋梗塞や脳卒中は突然訪れる死の恐怖があるうえ、別れの準備ができず後悔が残ってしまいます。老衰も一見幸せな大往生のように思えますが、平均寿命と健康寿命を考えると、死ぬまでに約10年以上、不自由な寝たきり生活になる可能性が高いでしょう。
がんの場合は余命を宣告されてから、短くても数か月、長ければ数年と“死に向かう期間”がある。人生を振り返ったり、やり残したことをやる時間的な余裕があるという点で、消去法ではありますが、いい死に方とも考えられます」
久坂部さんは同じく医師であった父をがんで亡くしたが、「85才で前立腺がんが判明したとき、父はとても喜んでいました」と明かす。
「医師からは『治療すれば治る可能性があります』と言われたのですが、『とんでもない』と拒否して、2年後に自宅で家族に看取られながら安らかに死んでいきました。なぜ父ががんとわかって喜んだかというと、“90才、100才になっても生きていたらどうしよう”という不安があったからだと思います。老いるにつれて機能を失っていく。その状態で長生きするのは、むしろつらいことが多いと、医師だからこそわかっていたのでしょう」