
生涯で2人に1人が罹患し、3人に1人が亡くなるというがん。「できることならがんにかかりたくない」とは多くの人が思うだろう。一方で、がんの場合は余命を宣告されてから、短くても数か月、長ければ数年の“死に向かう期間”があり、その間にやり残したことをやったり、人生と向き合ったりといったことが可能だ。だからこそ、「がんで死にたい」と考える人も少なくないという。ただ、がんによって“後悔のない最期”を迎えるには、いくつかの条件や“やっておくべきこと”もあるという。【前後編の後編。前編を読む】
痛みを抑えると生命力を維持できる
日本人の死因1位であるがんは抗がん剤や放射線治療による副作用など、つらい闘病生活のイメージが強かったが、近年は治療中からの適切な緩和ケアが以前より広まったおかげで、適切な処置をして苦痛を和らげながら生活できる環境が整ってきたという。名医たちががんで死にたいと言うのは、「適切な緩和ケアを受けられるなら」という条件付きでもある。早期緩和ケア大津秀一クリニック院長の大津秀一さんはこう話す。
「昔は患者さんが『痛くて苦しい』と言っても、その痛みを和らげる手段が医師のなかでも充分に周知されていませんでした。いまは緩和ケアの理解が以前より深まっており、まずは基本的な鎮痛薬を処方して、必要に応じて医療用の麻薬を使うなど、苦痛を和らげる道筋の周知が進んでいます。
意識を落とさずに痛みを和らげるモルヒネなどを、痛みが強い場合は早めに使用して和らげることで、生命力を維持するケアをするようになっている。終末期を中心に緩和ケアをするという姿勢が変化して、早期からでも緩和ケアをしようという形になってきているのです」
モルヒネなどの医療用麻薬は非常に有用だが、世界的に見ると日本の使用量は先進国のなかで最低レベルに留まっている。その理由を東京大学医学部附属病院の放射線治療部門で特任教授を務める中川恵一さんが解説する。
「すべてのがんは最終的に痛みが出てしまうので、医療用の麻薬による緩和が必要なのですが、日本の使用量は欧米諸国に比べると10分の1ほど。世界保健機関(WHO)の推奨する適正量の17分の1程度。しかも毎年使用量が減っています。医療用の麻薬などは管理が大変なので、医師が面倒がって使わない場合もあると聞きます。
『麻薬』という言葉に悪いイメージがあるようで、患者さんが嫌がるケースも多い。しっかり使えば痛みは抑えられますから、使用の有無についての要望はきちんと伝えてください」
過度な延命治療や寝たきりへの恐怖
ひと昔前までは恐れられていたがん。にもかかわらず「がんで死にたい」と思わせるのは、長寿国において望まない最期を迎えてしまうケースが増えているからでもある。
「がんで死にたい」の背景には過度な延命治療による苦痛や、病院で寝たきりになるなど避けたい最期に直面してしまうことへの恐れだろう。
本人の望みとは別に、家族の「長生きしてほしい」という気持ちが空回りしてしまい、かえって患者本人を苦しめてしまうケースも少なくないという。

「こういったすれ違いは、延命治療をするかどうかという段階によく起こります。家族の『1秒でも長く生きていてほしい』という気持ちもわかりますが、胃ろうをつくって、人工呼吸器を付けて、無理に延命しても患者さんはつらいだけなんです。特に意識がある場合はなおつらい。
自分で食べられなくなったら、最期は無理に栄養を入れようとせず、緩和ケアをしながら亡くなるまで静かに見守るのがいいと思います」(中川さん)
延命治療の有無に加えて、どこで最期を迎えるかも重要だ。日本財団の「人生の最期の迎え方に関する全国調査結果」によると、67〜81才の男女の約6割が「自宅で人生の最期を迎えたい」と回答している。しかし、その希望を叶えられる人はまだまだ多くはない。厚生労働省「厚生統計要覧(令和7年度)」では、自宅で最期を迎えた人は全体の約16%にとどまっている。家族と本人の意思疎通がうまく図れていないことがその一因となる場合もある。医師で作家の久坂部洋さんが言う。
「70代後半の患者さんが、『家で最期を迎えたい』と言っていたのに、家族が入院させてしまったことがありました。意識もないまま黄疸で顔がパンパンに腫れて、腹水もたまって、人工呼吸の管がたくさん付けられていた。本人の望まない最期を迎えてしまったと思いました」