板東英二さん、2人の娘と過ごした最後の6年間 2020年の転倒事故以降は連絡を取れる人が激減、『ふしぎ発見』の謝恩パーティーも欠席 音信不通を貫いた“美学”

テレビで見せてきた姿とは打って変わった、あまりにも静かな最期だった。元プロ野球選手で、軽妙な話術と親しみやすい人柄でタレントや俳優としても活躍した板東英二さんが7月22日、慢性心不全のため死去した。享年86──。
「長きにわたって芸能界の第一線を走ってきた板東さんですが、この6年間は“消息不明”と囁かれていました。ただ、それはほかならぬ本人の強い意志だったようです」(板東さんの知人)
旧満州で生まれ、5才のときに終戦の混乱のなか命からがら引き揚げてきた板東さん。徳島県に移り住むと、持ち前の負けん気で野球の才能を開花させる。徳島商業のエースとして甲子園に出場すると奪三振の山を築き、「1大会通算83奪三振」という不滅の大記録を樹立した。高校卒業後は中日ドラゴンズに入団し、プロ通算77勝をマーク。1969年の引退後は、関西弁の辛口かつユーモアあふれるトークで人気を獲得し、タレントへと本格転身を果たした。
『マジカル頭脳パワー!!』(日本テレビ系)や『世界ふしぎ発見!』(TBS系)などのクイズ番組でレギュラーを務めたほか、俳優としてドラマや映画にも出演。さらにはワイドショーの司会に至るまで幅広く活躍し、「お茶の間の顔」として愛され続けた。そんな板東さんの芸能生活に暗い影を落としたのが、2012年の出来事だ。名古屋国税局の税務調査を受け、個人事務所による約7500万円の申告漏れが発覚する。
「頭皮に植毛していた人工毛の費用を経費として申告していたが、認められなかったのです。本人のショックはもちろん、社会的な打撃も大きく、レギュラー番組を次々と降板することになりました」(芸能関係者)
その後、再起を図り活動を立て直していくも、2020年7月に自宅近くで転倒し頭部を強打してしまう。緊急入院を余儀なくされ、同年9月には残っていたレギュラー番組がすべて終了した。
「この頃から、板東さんと連絡が取れる人は激減しました。2021年12月には個人事務所も閉鎖。地元・徳島の親族や関係者とも連絡が途絶え、周囲からは体調を懸念する声が広がっていました」(前出・芸能関係者)
表舞台から完全に消息を絶ち、音信不通を貫いた背景には、板東さんなりの「美学」があったようだ。板東さんには、2018年に先立たれた妻との間に2人の娘がいる。晩年、彼を支えていたのは娘たちだった。
「都内の自宅で、娘さんたちのサポートを受けながら穏やかに暮らしていたといいます。ご高齢ゆえ、体調には常に不安があったようです。2024年に『ふしぎ発見』の謝恩パーティーがありましたが、欠席。実はこの段階で、ひとりで出歩くことも難しくなっていたのです。
思えば板東さんは高校時代からスターでした。タレント転身後は視聴者を笑顔にし続けてきたエンターテイナー。だからこそ、老いて衰えていく姿を決して世間に晒したくなかった。『人生の最後は静かに、穏やかに過ごしたい』という強いこだわりがあったから、引退を公表せずに“フェードアウト”こそが彼が望んだ最期だったのでしょう」(前出・芸能関係者)
愛する家族に見守られ、静寂の中、人生の幕を下ろした。
※女性セブン2026年8月13日号