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上皇ご夫妻、相次ぐお出ましの中止 7月の那須、8月の軽井沢のご静養は直前で白紙 原因は「健康上の問題」か 高まるご体調を案ずる声

“お出まし”の機会が徐々に減っている上皇ご夫妻
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 上皇ご夫妻はここ数年“思い出の地”の訪問を大切にされてきた。2024年には上皇さまが戦時中に疎開されていた栃木県の日光を訪れ、2025年に軽井沢を訪問された際は、戦後80年に際して先の戦争の記憶が刻まれた大日向開拓地を視察された。しかし、“お出まし”なる機会は徐々に減り……。おふたりの事情に迫る。【前後編の前編】

「次におふたりが揃って外出される機会はいつ訪れるのか」

 テンポよく飛び交う白球、高原にこだまするラリーの音──69年前、熱戦が繰り広げられたコートは、令和8年の夏、上皇ご夫妻にとって遠い場所となった。

 赤坂御用地内の仙洞御所で静かに日常を営まれている上皇ご夫妻。コロナ禍以降は、展覧会やコンサートを鑑賞される機会はめっきり減り、表立っての外出といえば、年に1、2度、御用邸のある神奈川県葉山町や栃木県那須町、長野県軽井沢町を訪問されることが恒例となっていた。

「今年5月もおふたりで葉山に足を運ばれています。御用邸近くの海岸を散歩された際には、手を取り合ってゆっくりと、しかし力強く自らの足で歩まれていたのが印象的でした。地元住民との交流も楽しまれ元気な姿をお見せになりました。

 しかし、次におふたりが揃って外出される機会は、一体いつ訪れるのか……と心配する声が関係者たちの間で静かに広がっている。実はこのところ、上皇ご夫妻のお出ましの中止が相次いでいるのです」(宮内庁関係者)

 去る7月、上皇ご夫妻は3年ぶりに那須御用邸で静養される予定だった。

「しかし直前で白紙となりました。さらに、この8月も軽井沢でのご静養が計画されていましたが、それも7月中に取りやめに。側近たちは、はっきりと口にしませんが、原因はいずれも健康上の問題のようです。外出の断念が続いたことを受け、おふたりのご体調を案ずる声が高まっています」(前出・宮内庁関係者)

 かねて上皇ご夫妻が公務を欠かさずに遂行されてきたことはよく知られている。1975年に沖縄県を初訪問された際には、おふたりに向けて火炎瓶が投げつけられるという事件が発生。動揺が走った関係者とは対照的に、おふたりは冷静さを保ち、以降の日程を変更することなくすべてこなされた。

 2018年6月には、福島県をご訪問中だった美智子さまが過労により発熱。一時は38℃を超える高熱となられたが、被災者たちを励まし続けた。しかし、ここ数年は体調を崩すたびに療養生活を送られている。

「2024年秋、美智子さまは転倒して右大腿骨を骨折されてしまい手術が必要な容体に。当初は約2週間の入院が見込まれましたが、美智子さまは“できるだけ早く上皇さまのもとに帰りたい”とご自身を鼓舞し、手術の6日後には退院。その後は御所内でリハビリに励まれ、1か月後には自力で歩けるほどに快復されました」(皇室ジャーナリスト)

 一方の上皇さまも、2025年5月に心臓の精密検査を、同年7月には検査結果を踏まえた治療を行うため、都内の病院に入院された。

「美智子さまは毎日のようにお見舞いに訪れ、上皇さまに寄り添われました。現在は安定し、定期的な通院で経過観察をされているようですが……」(前出・皇室ジャーナリスト)

 けがや病気と向き合われながら、リハビリのために階段での昇降や散歩に励まれる上皇ご夫妻が今夏、目標とされてきたのが軽井沢訪問だった。

「豊かな自然を気に入られた上皇さまは、10代の頃から足しげく通われてきました。美智子さまにとってもご実家の別荘がある、なじみ深い土地。ただ、おふたりがとりわけ軽井沢に心を寄せられるのは、いまなお色あせない“あの日の思い出”があるからです」(前出・宮内庁関係者)

(後編へ続く)

※女性セブン2026年9月3日号

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