社会

愛子さま、相次ぐ災害をうけてご静養を取りやめ 休日返上で日赤に出勤し、現地入りする同僚をバックアップ 両陛下の被災地訪問にも同行か

「半導体物理国際会議」に臨席された愛子さま(2026年8月、撮影/JMPA)
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 地震、猛暑、豪雨。この夏、日本列島を相次いで襲う災害の数々に心を痛められたプリンセスは、思わず御所を飛び出されていた──。

「次の世代を担う若い参加者の皆様にとっても、この会議での経験が、それぞれの歩みを進めていく上で実り多いものとなることを願っています」

 壇上に立たれた愛子さまは、各国から集まった同世代の気鋭の研究者たちを前に、こう微笑みかけられた。

 8月17日午前、都内のホテルで開催された「半導体物理国際会議」に臨席された愛子さま。スピーチの冒頭でまず口にされたのは、7月の熊本地震、そして8月13日の千葉豪雨による犠牲者への哀悼の念だった。

「国民に直接語りかけることのできる数少ない機を生かし、被災地への思いを届けられた格好です。愛子さまが国際会議でお言葉を述べられるのは、今回が2度目。昨年5月、初めてのお言葉の際はかなり緊張されているご様子で、声が時折かすれるような場面もありました。しかし今回は終始、堂々たるたたずまいでいらっしゃった」(皇室記者)

 7月24日には、改正皇室典範が公布。皇室そのものが大きな変革期を迎える中、愛子さまはこの8月、怒濤の日々を送られている。

「8月1日から三重県を訪問され、伊勢神宮で20年に1度行われる『式年遷宮』の関連行事をご視察。翌日はカンカン照りの中、自ら法被に袖を通し、綱を引く神事にも参加されました。すべての日程をこなされた後、伊勢から約4時間をかけて御所に到着されたのは夜の9時近く。暑さの影響も相まって、かなりお疲れになったのではないでしょうか」(別の皇室記者)

 伊勢での奮闘から一夜明けた8月3日。当初の予定では、愛子さまは両陛下とともに、須崎御用邸でのご静養に向かわれる手はずになっていた。

「しかし、7月28日に発生した熊本地震を受け、ご静養は取りやめに。天皇ご一家はすぐさま側近を通じて、被災者へのお見舞いの気持ちを寄せられました」(前出・皇室記者)

 猛暑の中、避難生活を余儀なくされている被災者の思いに寄り添われた愛子さま。“ご静養取りやめ”でご心痛を示されただけでなく、災害の現場で奮闘する同僚たちのためにも力を尽くされていたという。とある宮内庁関係者が明かす。

「本来はご静養の予定でしたから、日本赤十字社(以下、日赤)での勤務はお休みを取られていました。須崎までは行けないにせよ、ご自宅でゆっくりと過ごされる選択肢もあったはずです。しかし愛子さまはそうはなさらなかった。休日を返上し、朝から出勤されていたのです」

 愛子さまは勤務先の“窮状”を憂い、行動に移されたのだという。

「そもそも愛子さまの所属される『青少年・ボランティア課』は、学生ボランティアの数が増える夏休みが繁忙期。そこに熊本地震が重なりました。日赤からは、全国の支部から数十人規模の職員が熊本入りしており、現地入りしていない職員もバックアップに追われているそうです。不眠不休で対応する同僚たちを目のあたりにし、愛子さまは『私も休んでいる場合ではない』という思いを強くされたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)

 今年は2016年の熊本地震から10年の節目。両陛下は昨年から、9月末での熊本訪問を計画されていた。

「すでに具体的な視察先もあらかた固まっていましたが、地震の甚大な被害を受け、避難所でのお声がけも含めたお見舞いへと行程が大幅に変更されるとみられています。さらに、目下関係者の間では、被災地支援をライフワークとされる愛子さまも同行されるとの見方が強まっている。実現すれば、災害直後の被災地を皇族がご家族で訪れるという初めての例です」(前出・宮内庁関係者)

 終戦から81年を迎えた今夏、戦没者慰霊についても、ご一家はそろって向き合われてきた。

「8月6日の広島原爆の日、9日の長崎原爆の日はご一家で黙祷。15日の終戦記念日には、両陛下は全国戦没者追悼式に臨席され、愛子さまは御所で黙祷されました。雅子さまは式の開始直後から厳粛な表情を浮かべられていましたが、遺族代表による追悼の辞が始まると、表情が一変。柔らかく包み込むようなまなざしで、戦争の記憶に耳を傾けられていた。国民一人ひとりに寄り添われる雅子さまのこうした姿勢は、愛子さまへも確かに受け継がれています」(前出・皇室記者)

※女性セブン2026年9月3日号

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