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《『にしたんクリニック』でおなじみ》西村誠司社長がアンミカとの対談で語った「誰かに何かをしたげたい」という気持ちが仕事のスタート地点

エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さんとアンミカさん
エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さんとアンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第25回のゲストは俳優のエクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司さん。

西村社長のお嬢さんが『アンミカ先生が教えるパリコレ学』(TBS系『林先生の初耳学』内の企画)の大ファンでいてくださったことをきっかけにご縁が生まれ、『イモトのWiFi』のCMに出演させていただきました。いつも目を輝かせ、世のため、人のために行動される姿に、同年代の私も刺激をいただいています。そのパワーの源を、今回はじっくり伺いたいです。

* * *
アンミカ:今回は“出張対談”で、なんと西村社長のご自宅にお招きいただき、お話を伺っています。「30億円豪邸」とメディアで紹介されているのを拝見していましたが、実際にこの目で見るとあまりのゴージャズさに圧倒されっぱなし!星空のようなダウンライトも素敵ですね。

西村:ありがとうございます。私も気に入っています。「とにかくド派手にしてほしい」とオーダーして(笑い)、細かいところは業者さんにお任せなんですけどね。

アンミカ:カメラマンさんがどこで撮影しようか悩んじゃうほど、どこもかしこも写真映えします。

西村:この家をド派手にした狙いは、 “成金社長・豪邸自慢・ゴールド好き”というイメージを浸透させること。中途半端ではメディアでも話題にならないでしょう。良くも悪くも印象に残る家に住むことが、マーケティングの第一歩だと思っているんです。

アンミカ:ご自宅までPRの一環とするとはさすがです。私も出演させていただいた『イモトのWiFi』や『にしたんクリニック』のCMも、皆さんに強烈な印象を残していると思います。

西村:ご出演ありがとうございました! 楽しい撮影でしたね。

アンミカ:『イモトのWiFi』のCMでは、ひふみん(棋士の故・加藤一二三)さんが歌っているところに、五木ひろしさんがサプライズ登場!という一発撮りだったのに、ひふみんさんは「あ、どうも」とまったく驚かず(笑い)!

西村:ぼくは審査員役でアンミカさんと隣でしたけど、カメラが回っていないときもずっと楽しくお話しさせていただいて、いい思い出です。

アンミカ:西村社長のトークがとにかくおもしろくて。爆笑していたのが懐かしいです。私はフラメンコの先生役で、タンバリンを片手に♪にしたん、にしたん、タン、タタタン…♪と踊る撮影もさせていただきました。CMには、社長のどんな戦略が?

西村:この家と一緒です。「記憶に残らないと意味がない」という理念のもと、強い印象を残す手法を徹底しています。

アンミカ:インパクト担当としてお呼びいただけて光栄です(笑い)。

西村:ぼくも含めて出演者全員がインパクト担当ですから。おかげさまで最高のCMになりました!

アンミカ:『イモトのWiFi』のCMに出演させていただいたのが、ちょうど『にしたんクリニック』を立ち上げたばかりのタイミングでした。撮影現場で西村社長が「女性を元気にするクリニック経営に励むんだ」と、これからのビジョンを生き生きと語られていたのをよく覚えています。

西村:2019年ですね。ほどなくしてコロナ禍に見舞われました。好調だったWiFi事業は海外渡航者向けのサービスだったので、売り上げが98%減。さすがに「倒産」の二文字がちらつきました。

アンミカ:そこで倒れないのが、西村社長。新型コロナという未知のウイルスの脅威で世間が不安に包まれ、病院も疲弊している中、業界でいち早く来院不要のPCR検査サービスを始めましたよね。

西村:当時、知人から「会社で新型コロナの感染者が出たけれど、濃厚接触者の社員たちが検査を受けられない。どこか知らないか」と相談されたんです。検査体制の整備が社会的な課題となっていて、だったら自分たちでやろうと動いたのです。

アンミカ:圧倒的な行動力! 多くの人たちが救われたと思います。

西村:起業家は、コロナの症状を治すことはできないけど、コロナで停滞する社会の悩みを解決することはできます。「陰性の確認がとれて、実家に帰省できた」「大切な人の葬儀に行けました」といった声が届いたときには、頑張ってよかったと思いましたね。

アンミカ:私もあのとき助けてもらった1人です。

西村:PCR事業で救われたのはぼく自身も同様で、需要がものすごくあったのでコロナ禍前を上回るほどに売り上げを伸ばし、V字回復することができました。

アンミカ:社会の課題解決事業の成功がかみ合ったのは、時代を的確に読む目や決断力、そして何より行動力があったからでしょうね。

西村:「儲けるぞ!」という思いが先に来ることはなくて、悩みを発想で解決する起業家マインドが強いんだと自覚しています。

アンミカ:成金社長のイメージをつけようとしてるのに、起業家としての素直な情熱が見え隠れ…。

西村:すっかり本音で話していました(笑い)。

アンミカ:あははは。ところで、近年、不妊治療専門の『にしたんARTクリニック』を広く展開されているのも同じ思いからですか。

西村:これは自分自身の経験からでもあります。長男と次男は自然妊娠でしたが、妻が41才となっていたこともあり、第3子の娘は不妊治療で授かったんです。2010〜2021年にアメリカへ移住していまして、現地では体外受精で受精卵を戻す前にまず、受精卵の染色体異常をスクリーニング検査する着床前診断をすすめられました。

アンミカ:出生前診断は日本で広がっていても、着床前診断はそこまで浸透してない時代ですよね。

西村:実際に受精卵を調べてみると、12個のうち異常が見つからなかったのは、わずか1個だけでした。その大切な1個を移植したところ、一度の移植で娘を授かることができたんです。

アンミカ:着床前診断をしていなければ、治療の長期化によって、心身ともに負担が大きくなっていたかもしれないと考えると、とても有効な検査なんですね。

西村:日本で不妊治療を受けていた弟夫婦にすすめましたが、仕事を休んでの渡米はできず、子供を授かることは叶いませんでした。

アンミカ:私も4年間にわたる不妊治療の経験があるので、仕事と治療の両立の大変さは身に染みています。

西村:弟の無念さに直面して、日本でその両立ができる最先端のクリニックを立ち上げようと考えたんです。技術はもちろんですが、平日22時まで診療ができるようにして、働く女性にとっても通いやすい環境を整えました。

アンミカ:今日病院に行かなければいけないのに日中は仕事が…と、諦める女性はすごく多い。それでメンタルが壊れてしまうケースもあるから、22時まで診てくださるのは本当にありがたいです。

西村:不妊治療の事業に取り組んで4年。日本に世界水準の不妊治療を届けたいというぼくの思いが、少しずつ患者さんにも業界内でも、浸透し始めた感じがします。最初の1年は、“ド派手な西村が金儲けを狙ってきた”と警戒されていたような雰囲気でした(笑い)。

青いジャケットを着た男性
西村誠司さん(撮影/田中智久)
写真3枚

葬儀社で命の儚さを、不妊治療で命の重みを

アンミカ:ご経歴を見て気になるのが、大学時代の葬儀社でのアルバイト。なんというか…。

西村:「ゆりかごから墓場まで」ですか?

アンミカ:まさに(笑い)!

西村:これはね、勘違いからすることになったんです。結婚式の式場スタッフの面接だと思って行ったら、そこが冠婚葬祭すべてを網羅する会社で、葬儀部門に配属されることになったんです。

アンミカ:結婚式のバイトをしようと思っていたのに、辞めようとは思わなかったんですか?

西村:これも縁だなと思ったし、性格的に途中で辞められないんですよね。経営者って見切りが早い人が多いと思うんですが、ぼくは部活もバイトも卒業や引っ越しのタイミングまで続けちゃうんです。

アンミカ:葬儀のアルバイトは、やってみてどうでしたか?

西村:大学時代の4年間、見ず知らずのご遺体を拝み続け、“人間って簡単に死んじゃうんだな”と実感したんです。全体の約5%が事故死で、心臓発作などの突然死も入れると10%以上のかたが、急なかたちで亡くなっているんです。

アンミカ:朝いつも通り元気に出かけていった家族が、突然帰らぬ人となってしまう。

西村:そのような死に直面し続けてきたので、死が人間の身近にあるものという意識が、いまでも強くありますね。

アンミカ:そうすると、どんな生き方をしようか、ということを考えるようになりますよね。

西村:まさにそうなんですよね。それと、自分が死んだときのことも考えるようになりました。新聞にぼくの訃報が載ったとき、誰かがそれを見て、たとえばうちの治療を受けてくれたご家族だったりして「私、にしたんがなかったら生まれていなかったんだよね」と、会ったことはないけれど、ぼくのお葬式に行ってみようかなと思ってくれたら、こんな幸せなことはありません。

アンミカ:まさに、自分がいなくなった後も、誰かの人生の中に「ありがとう」が残っていく事業です。

西村:葬儀社で死生観を得て、それとは対極にある、命を生み出す不妊治療に人生をかける決心をしている。やや大げさですが、そういう人生を送っています。

アンミカ
アンミカさん(撮影/田中智久)
写真3枚

“成金社長”の本来の生きる道

アンミカ:ビジネスの世界は夢やパッションがいくらあっても、成功できない起業家がたくさんいる世界ですよね。西村社長はなぜ、次々と成功しているのか、どう自己分析されていますか?

西村:支えてくれる人が周りにいてくれたことでしょうね。

アンミカ:奥さま?

西村:妻と、会社創立時の黎明期を支えてくれたスタッフです。

アンミカ:奥さまのお話も伺いたいのですが、まずは黎明期を支えたスタッフのかたについて聞かせてください。

西村:ぼくの会社は海外用の携帯電話レンタル事業を始めたことで、軌道に乗るのですが、その前からいた川村さんという女性スタッフです。事業が当たるまでは、お金がなくて人を雇えず、派遣会社から来てくれた川村さんと二人三脚で事務所を回していました。というか、回ってなかったんです。

アンミカ:経営的に、ということですよね。

西村:お恥ずかしながら。ぼくの表情を見て、川村さんが「私、社長が人生をかけていることをわかっているので、支払いが苦しかったら給料遅れても全然いいですよ」と言ってくれたこともありました。レンタル携帯事業を始めたときには、2人で一緒にカレンダーにシールを貼るんです。

アンミカ:なんのシールを?

西村:アメリカの携帯の契約が取れたら赤のシール、ヨーロッパは青、といったかたちで、その日のオーダーの数だけシールを貼っていくんです。最初はシールがない日もありましたが、少しずつ「8件になったね!」「今日は10件だ!」と一日の終わりに2人でペタペタと。

アンミカ:ドラマのワンシーンみたいで、胸が熱くなります。

西村:その後、川村さんには社員になっていただいて、長く支えていただきました。社員が1000人近くなったいまでも、あの時代に時々思いをはせるんです。

アンミカ:人から受けた恩を石に刻む人間性は、ビジネスの損得とはかけ離れている気がします。

西村:仕事というより、“誰かに何かをしてあげたい”という気持ちがスタート地点なんですよね。その思いに共感した仲間が集まって、ビジネスになっているだけなんです。

アンミカ 起業家としての筋の通った生き方に触れれば触れるほど、やっぱり“成金社長”じゃないです(笑い)。後編では奥さまのお話を聞かせてくださいね!

(次号、後編へ続く)

西村誠司さんのHLLSPD

西村誠司さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!

Happy:何をしているときが幸せですか?

家族と過ごす時間

Lucky:小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?

悩みだった睡眠の質が改善したこと

Love:あなたが好きな言葉は?

本物は人の心を打つ

貧しかった幼少期から、借金を背負った起業時代の裏話まで、後編も西村社長流の幸福論をお届け!

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/93年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。9月20日(日)、ホテルニューオータニ大阪で『アン ミカ プレミアムトーク&ディナーショー』を開催。詳しくは、ホテルニューオータニ大阪のHPまで。

◆エクスコムグローバル代表取締役社長・西村誠司

にしむら せいじ/1970年生まれ。モバイル通信サービス『イモトのWiFi』、美容内科『にしたんクリニック』などを展開するエクスコムグローバル株式会社代表取締役社長。2022年には不妊治療専門の『にしたんARTクリニック』を開業するなどさまざまな事業を手がけている。

撮影/田中智久 構成/渡部美也 衣装/ワンピース/レオナール、ネックレス/ラクア、ピアス/アビステ(アンミカさん)

※女性セブン2026年9月17日号