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北斗晶がアンミカとの対談で語る引退の理由「ママ友の死で心の天秤がプロレスから家族へガタンと傾いた」

アンミカさんと北斗晶さん
アンミカさんと北斗晶さん(撮影/田中智久)
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家族の反対を押し切って厳しい女子プロレスの世界へ飛び込み、命にかかわる大けがやメキシコ修行など数々の試練を乗り越えてきた北斗さん。後編では、引退を決意した理由や“鬼嫁”キャラ誕生の裏側、激動の人生を経たいまだからこそたどり着いた幸せの形についてたっぷり伺います!

アンミカ:北斗さんとは夫婦ぐるみのおつきあいが長いですが、ステーキハウスでの食事会が印象に残っています。

北斗:懐かしい!

アンミカ:新人の店員さんが緊張されて、ウーロン茶の入ったグラスを落として。

北斗:そして落としたグラスが、ステーキソースのポットに当たって倒れてね。ステーキソースがドバーッと(夫の佐々木)健介のズボンに全部かかったんだよね(笑い)。

アンミカ:マンガみたいな量でしたよね。

北斗:健介は靴までソースまみれでさ、「これ、帰ったら犬たちが大喜びするんじゃない?」なんて。腹を抱えて笑ったよね。

アンミカ:ご夫婦そろって、嫌な顔一つせずにずっと大笑いされていて。店員さんが「ごめんなさいっ!」と謝っても、「いいのいいの、お肉が無事でよかったよ」と優しいフォローまで。どんなときでも笑顔を絶やさないおふたりの姿に、私たち夫婦はキュンとしたんです。ぜひおふたりの出会いのエピソードを伺いたいです。

北斗:キューピッドはアントニオ猪木さんなの。私、20代の頃は発言も行動も破天荒で、よく“女猪木”と呼ばれていたのね。それで猪木さんと対談する機会があったんだけど、その流れで猪木さんが主催する北朝鮮での『平和の祭典』というプロレス興行に誘っていただいたんです。

アンミカ:レジェンドから直々のお誘いですね!そのとき北斗さんはおいくつだったんですか? 

北斗:27才かな。試合後にホテルのバーに集まったとき、「ここに座りなよ」と言われるがままに座ったら、そこが健介の隣だったの。

アンミカ:健介さんは、北斗さんが隣にきた瞬間に「この人と結婚する」と思ったと、よくお話しされてますよね。

北斗:そう言うんだけど、健介はそのとき、ほとんどなんにもしゃべらなかったんです。

アンミカ:シャイなかただから。

北斗:初めて話しかけてきたのが、カップラーメンを頼んだとき。「これ、もう食べられるかな?」と聞かれたからチラッと見たら、麺はまだカチカチ。「まだじゃないですか?」と返して会話が終了しちゃった(笑い)。話すきっかけを必死に探していたんだろうね。

アンミカ:奥手すぎる!

北斗:でも日本へ帰る前に、皆で連絡先を交換し合うことになって健介にも電話番号を教えたら、帰国した翌日にかかってきました。

アンミカ:そこは積極的!勇気を振り絞って電話をかけたのかしら。素敵です。

北斗:そんな素敵な話じゃないの。わざわざ電話で「北斗晶って本名ですか?」と聞いてきたんだから。そんなこと聞きたくて電話をしたんか!と突っ込みたくなる気持ちを抑えつつ話していても、「何年にプロレスに入りましたか」「年はいくつですか」とか真面目な質問ばかり。かと思えば、健介に年齢を聞いたら、「いくつに見えます?」って返されて、“めんどくせぇなコイツ”ってなりました(笑い)。

北斗晶さん
北斗晶さん(撮影/田中智久)
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女子プロレス引退の悲しすぎるきっかけ

アンミカ:そうは言いつつも、出会ってから40日でのスピード結婚。なにが北斗さんの心を動かしたんですか。

北斗:それから毎日電話がかかってくるようになって、気づいたら電話を待っている自分がいたの。健介が話すのに慣れてきた頃に「北朝鮮のバーでおれの隣にいたときに、おれの嫁さんになると思ったんだ」と、言われました。

アンミカ:ここであの告白が!

北斗:でもさ、普通はつきあっている人がいるかとか確認してからじゃないの?そういう会話を全部飛ばしてくるところも、この人は口下手なだけでまっすぐな人なのかなって思ったの。

アンミカ:不器用だけど、北斗さんと話したくて一生懸命で。

北斗:男子プロレスラーは、大酒飲みで女遊びが激しいイメージだったけど、印象が変わった。考えてみれば、「強くて、やさしくて、おとなしくて、私の言うことをよく聞く」という、私の理想のタイプにピッタリだなって。それが決め手でした。

アンミカ:寡黙でまじめでドーンと受け止めてくれる。前編で伺った北斗さんのお父さまの片鱗も感じますね。トップレスラー同士の結婚は日本プロレス史上初だったと聞いています。

北斗:女子プロレスは「酒、たばこ、男」の三禁だったから当然引退するものと思われていて、結婚後にレスラーを続けたことも、出産してママ・プロレスラーになったことも史上初でした。その道を切り開いてくれたのが健介なの。結婚会見で立会人の全日本女子プロレスの会長に「結婚しようが彼女の闘魂とプロレス愛はほかの選手に負けない。続けさせてもらえませんか」と直訴したのよ。

アンミカ:健介さんと会長が、裏で交渉されていたんですか?

北斗:そこはずる賢くてさ、会見の場で突然言ったの。その熱意と誠意に押された会長が、「特例中の特例だけど、あなたみたいなしっかりした人がついているなら」と現役続行を認めてくださった。

アンミカ:ここぞというときに決めてくれる頼れる旦那さんですね。だからこそ結婚後も出産後もリングに立ち続けた北斗さんが、2002年に突然引退されたときは、世間を驚かせましたね。

北斗:心の天秤が、自然と引退の時期を教えてくれた感じでした。長男の健之介が幼稚園に上がる頃、親しいママ友がいてね。家族ぐるみでハワイへ行くような仲で、「春になったら子供同士並ばせて、制服姿の写真を撮ろうね」と話していたのに、その1週間後に亡くなってしまったんです。

アンミカ:えっ、それはあまりにも突然ですね…。

北斗:お通夜に行ったら、3才の子供が棺の中にいる母親にぬいぐるみを渡したり、「ママねんねしてる!」と話しかけていたの。大泣きして寂しがっているだろうと心配していたけど、3才だと親の死をまだきちんと理解できないんだよね。

アンミカ:もうママに会えなくなるなんて、まったくわからないですよね。

北斗:お母さんは子供のランドセル姿やその後の成長をどれだけ見たかっただろうと思ってね。それがきっかけで心の天秤がプロレスから家族の方へガタンと傾いた。リングの上で死のうという信念でプロレスをやってきたけど、夫と息子の存在の方が大事だって気づいたんです。

アンミカ:体を張るお仕事ですから、最悪の事態というのは常に起こりうる。ご友人との別れでそれがリアルになってしまった。

北斗:それで、お通夜の帰りに所属していた団体に「引退します」と電話をしたの。当時34才で、17年間のプロレス人生に終止符を打ったわけだけど、時間が経ってもその決意は揺るがなかったです。

アンミカ:なにが大切なのか、一度きりの人生ですものね。

北斗:まさにその境地で、生き方が変わった。いまでもね、仕事が大好きだし、たくさんの選択肢がある中で「北斗晶を」と声をかけてくれたら基本は断らないです。

アンミカ:たしかに、バラエティーからスポーツ番組までいろいろな場面でお見かけします。

北斗:それでも家族との時間も取るようになった。これは芸能界だけではなく働く人は皆そうだと思うけど、休んだら自分の居場所がなくなるんじゃないかって心配だよね。だけど、働き詰めだとわが子の成長とか、見られたはずの景色が見られなくなる。休むことを怖がっちゃいけないんですよ。人生は短いから有意義に使わないと。

アンミカ:私も両親を早くに亡くして“お金と親はいつまでもあると思うな”と考えていますが、それは友達もパートナーも同じこと。私にとって夫は旦那で子供で親友なので、彼とたくさんの景色を一緒に見なきゃと思います。

アンミカさん
アンミカさん(撮影/田中智久)
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ふたりの関係性は「思えば思われる」

アンミカ:引退後は、鬼嫁キャラでプロレスファンだけでなく、お茶の間まで人気が浸透しました。

北斗:私が引退した年に、健介が新日本プロレスを退団してね。翌年、立ち上がったばかりの団体に移籍したんだけど、そこも経営難で結局潰れちゃってフリーになったんです。

アンミカ:それは想定外だったんじゃないですか?

北斗:夫は無職になるわ、貯金はゼロになるわで、家の中のお金を集めても6000円しかなかったこともありました。だから自分たちで事務所を立ち上げたの。人なんか雇う余裕もないから経理もマネジャーも私がして、試合のセコンドも私がついてね。そうしたら「女房を連れてくるなんて、みっともない」と散々ブーイングされましたよ。

アンミカ:でも、そのリングサイドでの暴れぶりから鬼嫁キャラが生まれて、いまのご活躍につながったんですから。

北斗:私の暴走を面白がって記事にしてくれたメディアのおかげです。フジテレビの『ココリコミラクルタイプ』というバラエティー番組からオファーをいただいて夫婦で出演したら、その後から出演依頼の電話が鳴りっぱなし。

アンミカ:すごい!

北斗:それで軌道に乗ったかと思ったら、お次は乳がんの闘病が待ち受けていました。右乳房全摘出手術を受けたんだけど、その後に脇のリンパ節に腫瘍が転移しているのがわかって、抗がん剤治療が続きました。治療のために1年半、休養させてもらったの。まさか自分が48才で大病をするなんて予想していなかった。薬の副作用で舌の感覚がなくなるし、髪の毛もなくなるし、なによりも健介が心労で10kgやせたことがつらかったね。

アンミカ:自分よりも家族が弱る方がやるせなくなりますね。命と向き合う時間を過ごされて、どんなことを考えられたんですか?

北斗:引退を決めたときもそうだけど、家族を大事にすること。あと、体のことを考えておいしい野菜を食べるとか、嫌なやつと高級なご飯に行かないとか(笑い)。

アンミカ:あははは。畑仕事はまさに、健康と直結した大事な時間になっていそうです。

北斗:そうなのよ。農家の娘として生まれ育って、いまも畑の真ん中に住んでいるからかもしれないけど、畑道を犬たちや孫と散歩しているときが幸せだねぇ。健介と畑で雑草を抜いて「暑いね。ひと息つこうか」なんて、お茶を飲んでいるときなんか最高に幸せ。じいさん、ばあさんになっても一緒に畑仕事をして「お茶にしようか」と笑い合っている私たちが目に浮かぶんですよ。

アンミカ:健介さんがお好きな、「思えば思われる」という言葉はおふたりの関係性そのものですね。

北斗:人生を振り返ると、私もその言葉が浮かんでくるんですよ。

アンミカ:やっぱり相思相愛。北斗さんは健介さんだけでなく、家族・友人・仕事仲間、誰に対しても愛情深さを感じさせてくれるから大好きです。

北斗:限りある人生、これからも一緒に楽しもうよ。

アンミカ:もちろんです!

北斗:ミカちゃんたちをお手本に私たち夫婦もたくさん旅をしたいと思っているんだ。この前もアメリカのマイアミにふたりで旅行に行ったんだけど、老後のいい予行演習になったの。今度一緒に船の旅にでも行きましょうよ!

アンミカ:ぜひ!お誘い待ってます!

北斗晶さんのHLLSPD

北斗晶さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はSmile、Peace、Dreamについて直撃!

Smile:あなたを笑顔にする宝物は?

孫と愛犬といるとついつい笑顔になります

Peace:心が穏やかになる趣味や場所は?

畑道を孫と愛犬たちと散歩しているとき

Dream:これからの目標は?

夫婦で見たことのない景色を見にいきたい

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。

◆タレント・北斗晶

ほくと あきら/1967年生まれ。1985年に全日本女子プロレスよりデビュー。2002年の現役引退後はタレントとして活躍。バラエティー番組やCMなどに出演するほか、日々をつづったブログで人気を博す。『パートナー・オブ・ザ・イヤー』、『ベストマザー賞』など多数の受賞歴がある。

構成:渡部美也 衣装:ADORE ネックレス、ピアス/ともにグロッセ(アンミカさん)

※女性セブン2026年7月30・8月6日号