19の構成資産のうち、特に注目すべきスポットを、飛鳥地域の魅力を伝えるプロガイドが伝授。歴史学者・本郷和人さんの解説も要チェック!
日本の原風景を巡り、古代のロマンを感じて
推古天皇が即位した592年から、都が平城京に移る710年までの約120年間、日本の中心は飛鳥にあった。歴史学者の本郷和人さんは、飛鳥の地を「日本の原点を感じられる場所」と話す。
「豪族が権力を持つ時代から、天皇を中心とした国へ。都の造営や法整備、大陸との外交など、日本が “国”として姿を現し始めた時代です」
プロガイドの中島茂弥さんは飛鳥の魅力をこう話す。
「日本の原風景ともいえる飛鳥の景色を眺め、風を感じながら自転車でのんびり巡るのがおすすめです。不思議と心が癒やされますよ」
石舞台古墳
日本最大級の石室は必ず見ておきたい!

飛鳥時代に築造された、一辺約50m、総重量約2300tの方墳(四角形の古墳)。本来は土で覆われていたが早期に失われ、現在は30数個の巨岩を積み上げた巨大な横穴式石室が露出している。その圧倒的な規模から強力な権力者の墓とされ、現在では蘇我馬子の墓と推定されている。

キトラ古墳
この秋、四神の壁画の3つを同時公開!

7世紀末~8世紀初めに造られた円墳で、高さは4m超。高松塚古墳に続き、日本で2番目に発見された大陸風の壁画古墳。「四神は通常1面ずつ公開されるところ、今秋は3面同時公開されます。現存する東アジア最古の天文図も貴重です」(以下、中島さん)



天武・持統天皇陵古墳
夫婦が仲良く眠る陵墓。持統天皇のみ初の火葬に

藤原京の造営に努めた天武天皇と、皇后の持統天皇の合葬墳。天武天皇は古墳時代の伝統的な埋葬法だが、持統天皇は骨蔵器が納められており、日本で初めて火葬された天皇といわれている。「2名の天皇の時代に“日本”という国名も誕生しました」
本郷’s EYE!
古墳時代は巨大な古墳を造ることが権力の象徴でしたが、飛鳥時代になると八角形の古墳が天皇陵を表します。巨大な墓を造らなくても天皇の権力がゆるがないものになった証かもしれませんね。(本郷さん)
高松塚古墳
極彩色の優美な飛鳥美人に出逢える

天武天皇ゆかりの皇子の墓として有力視される古墳。西壁に描かれた女子群像から当時の衣装などを知ることができる。「1972年に発見された壁画は国宝に指定されており、常時公開はしていませんが、隣接する高松塚壁画館で精密な模写を見ることができます」

飛鳥寺 ※登録資産名は「飛鳥寺跡」
1400年のときを超える日本最古の飛鳥大仏に参拝を

飛鳥寺跡は、蘇我馬子が588年に造営を開始した日本初の本格寺院の遺跡。火災などで焼失したが、江戸時代に再建された本堂が、かつての中金堂跡にいまも建っている。「推古天皇の勅願により仏師・鞍作止利(くらつくりのとり)によって造られた飛鳥大仏(釈迦如来坐像)は現存する日本最古の仏像。彫りが深く、大陸風のお顔が美しい」


本郷’s EYE!

6世紀半ばに日本に仏教が伝来し、初の女帝・推古天皇は仏教を本格的に取り入れ、頭脳明晰な厩戸皇子(うまやどのおうじ/聖徳太子)や豪族の蘇我馬子とともに天皇中心の中央集権国家を作ろうとしました。飛鳥には当時最先端の寺院がたくさんあったんですね。(本郷さん)
橘寺跡
聖徳太子生誕の地。柱の跡はフォトスポットに

7世紀初めに百済の影響を受けて造られた日本最古級の尼寺跡。2度の焼失を経て、現在は僧寺として受け継がれている。「聖徳太子誕生の地としても有名です。善悪2つの顔を持つ二面石や美しい天井画なども見応えあり!」

川原寺跡
初めて写経が行われた地で、心穏やかに写経体験ができる

亡き母である斉明天皇の冥福を祈って天智天皇が建立した仏教寺院跡。現在は弘福寺として受け継がれている。「日本で初めて写経が行われたと日本書紀に記されている地。現在、弘福寺では写経体験も。古代の景色を想像しながら行う写経はとても味わいがあります」

◆教えてくれた人:歴史学者・本郷和人さん

日本中世史研究の第一人者。元東京大学史料編纂所教授。監修に『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』(ダイヤモンド社)など。
◆教えてくれた人:飛鳥地域プロガイド・中島茂弥さん

明日香村出身。厳しい研修を経て認定された『飛鳥地域プロガイド』精鋭10名のうちのひとり。古民家一棟貸し宿『弥栄』オーナー。
イラスト/別府麻衣(地図)、沼田光太郎 撮影/深澤慎平 取材・文/岸 綾香 写真協力/PIXTA
※女性セブン2026年9月17日号