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『ママがもうこの世界にいなくても』最愛の家族を失った夫と娘は、どのようにして前を向き、歩んでいるのか 夫が記した「その後の家族の物語」

ママとして過ごせたのはわずか1年あまり

 和さんの猛アタックが実り、出会ってから10日後に交際をスタートさせたふたり。建築会社に勤めていた将一さんと同棲を始め、明るい未来を描いていた。

 ところが、その陰で病魔が静かに忍び寄っていた。和さんが宣告された大腸がんは、40代以上の世代で患者数が増える病気で、20代を迎えたばかりでの罹患、ましてやステージⅣは希少なケース。希望を胸に抱く時期に、和さんは突如として命と向き合うことになったのだ。

 治療中の2019年12月、結婚式を挙げた。その様子は『1億人の大質問!? 笑ってコラえて!』(日本テレビ系)の「結婚式の旅」コーナーで放送され、病魔と闘いながらも笑顔を絶やさず、懸命に生きようとするふたりの姿が多くの視聴者の胸を打った。

2019年12月に結婚式を挙げた
写真3枚

 自分の命と向き合いながらも、彼女には手放したくない夢があった。それは「ママになること」。抗がん剤治療は卵巣に悪影響を与え、妊娠が難しくなる可能性が指摘されている。また、もし妊娠すれば抗がん剤治療をストップさせなければならず、がんが進行するリスクもあった。

 将一さんや和さんの父親は彼女の身を案じ、「自分の治療を優先してほしい」と諭した。しかし和さんに迷いはなかった。絶対に子供に会いたいと周囲を粘り強く説得し続け、結婚式から1か月ほど経ったある日、奇跡が起きる。放射線被ばくがあるCTスキャン検査を受ける直前、「念のために」と使った妊娠検査薬に2本の線がくっきり浮かんだのだ。

 2020年7月、治療再開の必要が迫るなか、和さんは帝王切開で980gの女の子を出産した。「娘」との対面。最愛の娘との日々が1日でも長く続きますように―そう願いながら翌年7月に娘の1才の誕生日を祝い、9月に和さんは旅立った。

〈2021年9月15日(水)

 リビングに、和の写真を飾った。娘を抱いて「ママ、おやすみ」と言った。いや、言ったのは僕だけで、娘は「あうあう」。〉

 ママとして過ごせたのは、わずか1年あまり。治療のため入院することもあり、抗がん剤の影響でベッドから起き上がることすらできない日もあった。それでも、娘を抱きしめ、食事を作り、1分1秒を惜しんで愛を伝えていた。

〈2021年9月17日(金)

 和が作り置きしていた離乳食もまだ残っている。製氷皿を使って1回分ごとに小分けして冷凍した、おかゆ。わずか980gの超低出生体重児として生まれ、貧血気味だった娘のために、鶏レバーのパウダーが混ぜてある。いつかはなくなるが、まだある。〉

(第1回・後編に続く)

※女性セブン2026年9月24日号

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