
モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第29回のゲストはタレントの武井壮さん。
「百獣の王」という肩書でデビューして、「武井壮」という唯一無二のジャンルを確立して大活躍。いつも明るくさっぱりしていて、話すたびに新しい目標に向かって走り続けているのもエネルギッシュだなと尊敬しています。そんな壮くんから、“自分だけの輝き”を見つける極意を学びたいです!
アンミカ:番組で共演したり、食事会で会うことはたくさんあるけど、こうやって話をじっくり聞くのは意外となかったなと思って、今日が待ち遠しかった!
武井:アンミカちゃんとは、会うといつも冗談を言い合って笑ってるうちに時間がきちゃうもんね。
アンミカ:壮くんが本格的に芸能界に出てきたのは2012年で、私が上京したのと同じ年。生まれも1年違いでずっと親近感があったの。
武井:同時期に話題になり始めたのが、ふなっしーと林修先生なんだよね。この年は、“珍獣”が売れた年なんですよ。
アンミカ:たしかに! 私も珍獣の仲間入りができてうれしい!
武井:珍獣四天王だね(笑い)。
アンミカ:あははは。壮くんは「百獣の王」でしょ? でも少し前に砧スタジオですれ違ったときの動きは確かに“珍獣”だったかも。
武井:ああ、階段で?
アンミカ:そうそう。私が階段を下りてたら、下の方からとんでもないスピードで、二段飛ばしで壮くんが上がってきて。「どれくらいの時間で上がれるか試しているんだよね」って言いながらサーッと過ぎ去っていってびっくり。
武井:なるべく少ない歩数で階段を上がりきることをいつも考えているんだよね。小学生の頃から続けている実験なんです。
アンミカ:小学生から!?
武井:当時、マンションの9階に住んでたんだけど、登下校は毎回階段を使ってて、一段飛ばし、二段飛ばし、どれが速いか、どれが疲れないかを実験してたんだよね。
アンミカ:子供の頃から研究熱心だったんやなあ。
武井:ずっと変わらないね。
アンミカ:大学時代に十種競技で日本一に輝いているけど、小さい頃から運動神経がよかったのね。
武井:いやいや全然ダメだったよ。少年野球では下級生チームの補欠選手。走るのは速かったけど、それでもたいしたことはなかったね。
アンミカ:えっ、意外! 足が速かったら走塁でも守備でも、試合で活躍しそうなのに。
武井:いや、人見知りでさ。ほかの小学校との合同練習とか試合になると、モジモジしちゃって球を捕れないのよ。そりゃ、試合に使ってもらえないよね。
アンミカ:いまみたいな、芸能界屈指の人脈と身体能力を持ち合わせる壮くんになったのは、何がきっかけだったのか気になる。
武井:生活の苦しさから抜け出すためかな。小学6年生のときに「この苦しい生活を、スポーツでひっくり返してやるんだ」と誓ったの。そこから、自分の体での実験が始まった感じです。
アンミカ:幼い頃にご両親が離婚されたことは知っていたけど、生活をひっくり返したいと思うほど大変だったんですね。

1分間の全力ダッシュで疲れるのはどうして?
武井:小学3年生くらいまではよかったんです。東京・葛飾区で生まれて、父が美容室を3店舗やっていてね。おしゃれだったし、オープンカーの外車を乗り回してたから「タケイくんのおうちはいいね」ってうらやましがられるような家でした。でも事業が傾いて、両親が離婚して母親は実家に帰って、2才上の兄と父との3人生活。そこから生活が一変しちゃった。
アンミカ:いきなり男3人での生活は大変でしたね。
武井:男3人というか、ほとんど兄弟2人でしたね。最初は父も頑張ろうとしていたんだけど、根がまじめなタイプじゃなくて女性関係も派手だったから、すぐ彼女ができちゃって。家に帰ってこなくなっちゃったんですよ。
アンミカ:私の家も親の病気や出稼ぎで、きょうだいだけで暮らしていた時期もあったけど、5人いたから分担して何とか生活できていた。小学生でお兄さんと2人暮らしは、本当につらかったと思う。食事とかはどうやって?
武井:葛飾は下町だから、地域の人に育ててもらった感じでしたね。父もいなくなったというのが、すぐに広まって。友達の親とすれ違うと「ご飯食べた?」って聞かれて、首を横に振れば家に入れてくれてご飯を食べさせてくれるの。弁当屋さんは通常5個入りの唐揚げ弁当を、唐揚げだけ別のパックに蓋が閉まらないくらいギッシリ入れてくれたりね。
アンミカ:あったかい町やねえ。
武井:そういう温かい人たちが育ててくれたから、変なことをして「あの子はダメだね」って言われたくなくて、グレないで努力しようと思った部分もあったな。
アンミカ:それが、スポーツでひっくり返す誓いにつながるんだね。
武井:そう。電気・ガス・水道が全部止められたりするような苦しい暮らしから抜け出すことが何よりの目標になったんです。最初は力士を目指したんだよね。
アンミカ:力士! また意外な。
武井:相撲部屋に入れば、生活費もかからずにお腹いっぱい食べられるでしょ。若嶋津関とか千代の富士関みたいな筋肉質で細身のソップ型力士に憧れたな。
アンミカ:ストイックな壮くんなら、力士の道も本当にあり得ただろうなって思う。
武井:野球選手とかボクシング選手とか夢は増えていったけど、どれも人気者でお金を稼げるものばっかり。それで、強くなるために自分の体の研究が始まったんです。
アンミカ:強くなるために、まずどんなことを?
武井:家から学校までのタイムトライアル!
アンミカ:初めて聞く競技!
武井:とにかく家から学校まで全力で走って、毎日ベストを出していければ足が速くなっていくぞって思ったの。でも伸び悩む時期はすぐに来ました。
アンミカ:通学に伸び悩みがあるのすごすぎる…。
武井:ほんの1分前まで「今日はやるぞ!」ってやる気満々で走り出したのに、全力で数百メートル走っただけで「もうやめたい」と気持ちがひっくり返る。その変化が、自分でも意味がわからなくて。
アンミカ:全力ダッシュするから、疲れて勢いが止まるんじゃない?
武井:当時の体育の先生もそう言ってたけど、「速く走りたいのに、急に走りたくなくなる理由は何?」という質問には誰も答えられなくて。
アンミカ:ピュアな武井少年!
武井:でね、同じマンションに体育大学に通うお兄さんがいて、教えてもらいに家を訪ねたの。
アンミカ:急に小学生にシンプルな質問をされて、お兄さんも驚いたでしょうね。
武井:それがすごくわかりやすく教えてくれたんだよね。「じゃあ、鼻と口を押さえて息を止めてみて。スタート!」って。そのまま30秒くらいすると苦しくなってやめるでしょ? そうしたら「筋肉は口から吸う酸素を使って動くんだけど、全力で走ると、体が酸素をいっぱい使ってなくなっちゃうんだよ。それで苦しくなる。これ以上走ったら、酸素がゼロになって倒れちゃうよ、という脳からのお知らせが、走りたくなくなる理由だよ」って教えてくれたの。
アンミカ:確かにめっちゃわかりやすいわ!
武井:それだけじゃなくて、使わなくなった大学の教科書をくれて、「人体について細かく学ぶと、強くなるヒントがたくさんあるよ」って。それから、辞書を片手に大学の教科書を読みまくったね。
アンミカ:アスリートになるための座学を小学生から始めたんだね。いまの活躍から考えると、このお兄さんは壮くんの恩人だ。
武井:まちがいなく成長するきっかけをくれた人です。ぼくが強くなったのは、「最小限の力で、疲れず、速く遠くへ進むことができる方法」を調べ始めたからなんだけど、それもお兄さんとの出会いのおかげです。
アンミカ:百獣の王には、センスよりも先に理論があったんですね。

答えまで、最短距離で速く正しく進む
武井:理論をわかって鍛えると、何も考えずにトレーニングするより楽だし、効果も高いんです。
アンミカ:それなら中学や高校の部活では無双してたんじゃない?
武井:中学は野球部で頑張ってたけど、高校は生活を優先するために、野球部をやめました。
アンミカ:お金がなくてやりたいことをがまんしなきゃいけないつらさは、私もよくわかる。
武井:成績がいいと学費が免除される学校を選んだから、中高の6年間ずっとトップの成績を維持できれば1円も払わずに卒業できる。勉強時間のために、高校ではスポーツの部活を諦めちゃった。
アンミカ:苦渋の決断ですね。運動部に未練はなかった?
武井:未練たらたらですよ。同級生の皆より足も速かったし、身体能力が高いのに「なんでおれは学費のために勉強ばっかりしなければいけないんだろう」と悔しかった。甲子園球児のような熱い青春を送りたかったね。
アンミカ:その悔しさが、人生のバネになったんやね。壮くんは元から運動エリートで活躍していて、大学に進んで十種競技で日本一になったと思っているかたが多いんじゃないかな。
武井:全然ちがう! 運動部をやめてお金のかからない地理歴史研究部に入ってたからね。
アンミカ:正反対(笑い)。
武井:そこでも道を究める能力を発揮して、全国の白地図に都道府県の名前を書き込む速度は、ぼくがぶっちぎりで速かったですよ。
アンミカ:根っからの学者肌やな。
武井:答えまでの道筋を考えて、それを短い距離で速く正しく進むのが好きなんだよね。
アンミカ:その性格を考えると、中高のときに回り道をしたのは、余計につらかっただろうね。
武井:悶々とはしたけど、勉強しながら、大学でなんの競技でも日本一になれるように体づくりは続けていました。
アンミカ:生活が大変だと、スポーツよりも働くことを選ぶ人も多いと思うけど、そういった迷いはなかった?
武井:自分の肉体と理論に自信があったから、この体を使って成功しようという軸はぶれなかったね。大学も特待生とか奨学金で学費はほぼ無料。ようやくスポーツに打ち込める環境になったんです。
アンミカ:大学で陸上部に入ったわけですが、久々の運動部で、周りとの経験の差は感じました?
武井:実は大学はね、スポーツの弱い大学を選んで進んだの。
アンミカ:え、なんで?
武井:自分の運動理論が正しいと思っていたから、自分でメニューを組んで練習したかった。強豪校で、“コーチや先輩の言うことが絶対”という環境に自分の時間を費やしたくなかったんです。
アンミカ:その自信通りに、十種競技で日本一を取るんだもんなあ。努力に裏打ちされた自信と結果は本当にお見事。
武井:人生を振り返っても、幼少期から学生時代のぼく自身に感謝しています。タイムマシンがあるなら、「本当によくやったね」って褒めてやって、あの頃食べられなかったおいしいご飯を食べさせてあげたい。
アンミカ:ステーキとか焼き肉とかバクバク食べさせたいね。
武井:山盛りね! そういうごちそうは当時食べられなかったから。よくぞ生活すらままならない環境で、グレずに自分を磨き続けてくれたなって、少年時代の自分に感謝です。そのおかげで、いまの活躍があるんだもん。彼をリスペクトしてます。
アンミカ:過去の自分に感謝するいまの壮くんにリスペクトです!
(次号、後編へ続く)
武井壮さんのHLLSPD
武井壮さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!
Happy:何をしているときが幸せですか?
生きている時間
Lucky:小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは
買ったしらすに小さなえびが入っていたこと
Love:あなたが好きな言葉は?
地球
兄の夢を継いだ芸能界デビューから「百獣の王」誕生の裏話まで、後編も内容たっぷりでお届けします!
◆モデル・俳優・アンミカ
アン ミカ/1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。9月17日に自身がプロデュースした『ポジティブ手帳2027 365日、アン ミカ思考で幸運体質!』(小学館)が発売。
◆タレント・武井壮
たけい そう/1973年生まれ。「百獣の王」のキャッチフレーズでバラエティー番組を中心に人気を集める。近年はゴルフや海外での俳優活動など多方面でも活躍中。10月23日スタートのドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』(テレビ朝日系)に出演予定。
構成/渡部美也 衣装/ブラウス/レジーナロマンティコ、スカート/MARIKO、ネックレス/アビステ、ピアス/マナローザジュエル(アンミカさん)
※女性セブン2026年10月1・8日号