
「もういい年だから…」と、年齢を理由に自分の可能性を狭めていないだろうか。そんな世間の“年齢の壁”を軽々と乗り越え、80才を過ぎたいまも第一線で活躍している先輩がいる。コーディネーターの加藤タキさんに、いくつになっても枯れることのない「元気の秘密」を聞きました。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
にっこりと微笑みながら現れた小林照子さん。ピンと伸びた背筋と、張りのある声が印象的だ。
「ふだんから姿勢には気をつけています。姿勢が整うと呼吸も深くなり、表情や声にも影響するんです」(小林さん・以下同)
35年以上勤めたコーセーを退職後、56才で起業。91才のいまも予定はいっぱいで、「スケジュールは全部ここに入っているの」と、慣れた手つきでスマホを操作する。
「メイクは西洋人の立体的な顔立ちに近づくために、欠点を修整するもの」とされていた1970年代、小林さんは素顔のようで美しく見える「ナチュラルメイク」を生み出した。画期的だったがゆえ、逆風もあったという。
「男性上司からは嫌みを言われましたよ。でも、それまでの経験から、ナチュラルメイクのニーズはあると確信していました」
その経験とは、1960年代初頭、美容部員として多くの女性と対峙したことだ。
「その頃は『メイクをするのは下品』と敬遠する女性が多かった。そこで、お客さまにはマッサージで気持ちよく眠っていただき、その間にごく自然なメイクを施したんです。すると、目を覚ましたお客さまが『マッサージだけでこんなにきれいになった』と喜んでくださった。本人さえも気づかない“究極のナチュラルメイク”が生まれた瞬間でした」
その後も、時代に先駆けた商品を開発。その発想力はどう培ったのか。
「化粧品の開発には年数がかかるため、流行を追っていては間に合いません。ですから、常に数年先を見据え、世界中の女性の動向や社会情勢にアンテナを張っていました。それは、いまでも変わりません。幼少期から『流行に乗るより作る人になれ』という養父(※)の教えがあり、その言葉が私の中に生き続けているのだと思います」
※ 6才の小林さんを引き取って育てた養父(実父の再婚相手の兄)
現在、次なる著書を執筆中。美容界を牽引する小林さんの歩みは、まだ続く。

本能に従い心も体も柔軟に
そんな小林さんの元気の理由を挙げればキリがない。
「食べ物に関しては、理屈でなく『本能』に従います。90代にもなると食べたいものがなくなってきて『みんなと同じもので』と言ってしまいがち。それは嫌だから、『私は何が食べたい?』と本能に問うんです。“脂っこいもの”と感じれば、揚げ物もどんどん食べます」
一日の終わりには、ひとりの時間を味わうという。
「日中、家族や仲間に囲まれていても、夜は必ず自分の部屋でゆっくり日記を書きます。ひとりになって一日を振り返ると気持ちが整理され、新たな気分で翌朝を迎えられます」
30代から続く日記はすでに段ボール数箱分に。
「老後に読み返そうと思っているんだけれど、まだ老後が来ないのよ(笑い)」

「ホットタオル洗顔」(※)で皮膚を柔らかく潤すのも長年の習慣だ。
※洗面器に42℃程度の湯を張り、タオル2枚を浸す。クレンジングを顔になじませたら1枚目のタオルを絞り30秒顔を温める。もう1度繰り返して洗顔完了。
「ホットタオルで顔を温めると、その熱で汚れが浮き上がり、洗顔石けんを使わなくても充分きれいに落ちます。何より、血の巡りがよくなり、皮膚が細胞から元気になるんです。蒸気で毛穴が開いているうちに乳液をつけ、化粧水で引き締める。化粧水を先につけてしまうと毛穴が閉じてしまうので、年を重ねたら、乳液の栄養分を肌に届けるのが先。最後にクリームで蓋をします。『もう手遅れ』なんて思わずに、ぜひやってほしい。1か月続ければ、何才でもみずみずしく柔らかな肌に変わります。皮膚は脳とつながっているので、心も明るくなるでしょう」
心も肌も柔軟になる小林流ライフスタイル、さっそく実践してみたい。
◆美容研究家、メイクアップ・アーティスト・小林照子さん(91才)
1935年生まれ。1958年に「コーセー」に入社し、世界初の美容液など多くのヒット商品を開発。56才で退任後、「美・ファイン研究所」やメイクの学校を設立し、後進の育成にも力を入れている。著者に『少しよくばりくらいがちょうどいい』(サンマーク出版)などがある。
取材・文/廉屋友美乃、佐藤有栄
※女性セブン2026年10月15日号