宇野さんを人生の師と仰いだ山本陽子さん
大の麻雀好きでも知られた宇野さんは、文壇以外にも幅広い交友関係があった。なかでも年齢を超えた友情を築いたのが、2024年に亡くなった女優・山本陽子さん(享年81)だ。
2人が最初に出会ったのは1978年頃。当時、自身の恋愛問題で、マスコミに騒がれて落ち込んでいた山本さんに、宇野さんが「会って話がしたい」と秘書を介して連絡を入れたことがきっかけだった。
「45才の年の差をものともせず、2人は初対面から意気投合。着物や骨董品、麻雀などの趣味も合い、宇野さんが岩国の生家に山本さんを連れて行くこともありました」(前出・出版関係者)
生涯独身を貫くも、宇野さんと同じく“恋多き女”として知られた山本さん。
1984年に21才年下の沖田浩之さん(享年36)との熱愛が発覚した際、宇野さんは本誌『女性セブン』(1985年2月14日号)の取材にこんな祝福のメッセージを贈っている。
《陽子ちゃんとヒロくん(沖田浩之)の恋、客観的に見てもすばらしいと思うな。うらやましいと思ったな。あのふたりがね、私の家に遊びにきたとき、はいってくるふたりを見て、やけたなあ。うん。やけた》
しかし、のちに2人は破局し、その後、沖田さんは36才で自ら命を絶つ。訃報を受け「青春の1ページとして、思い出を残しておきたい」と涙ながらにコメントした山本さんを受け止めたのが宇野さんだった。
「山本さんは宇野さんを人生の師と仰ぎ、『生きて行く私』が舞台化された際には自ら主役を買って出ました。常に前向きで自由奔放に恋愛に臨んだ宇野さんは、言い訳めいたことを一切口にしない山本さんに好感を持っていたのでしょう。
山本さんは自身でも『過去に妻子ある人を好きになったことがある』と語っていましたが、そんな経験も宇野さんは『不倫も恋のうち』という態度で肯定してくれたのだとか。
出会った頃に宇野さんから『もう少し早く出会えていたら、あたしはもっと違う勇気をあんたにあげられた』と言われたことがあったそうで、2人は生涯を通じてお互いを支え合うよき友人でした。実際、1996年の宇野さんの葬儀では山本さんが弔辞を述べています」(前出・芸能関係者)
“120才まで生きる”と公言していた宇野さんの影響を受けてか、山本さんも晩年まで明るく過ごした。
「2人とも朝10時から夜10時まで一緒に卓を囲むほどの麻雀好き。山本さんは80才を過ぎても麻雀熱が冷めず、晩年はオンラインで打っていました。死ぬまで麻雀を愛した宇野さんの情熱を受け継いだのでしょう」(別の芸能関係者)
恋に生き、最期まで人生を謳歌した宇野さんの生き様は多くの女性をいまも魅了する。今期の朝ドラは、「開花(ブラッサム)」のタイトル通り、女性文士の咲き誇る見事な人生を味わう半年間になりそうだ。
※女性セブン2026年10月22日号