古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。

2006年3月22日の23時頃、岐阜県南東部に位置する街。歩いて20分もすれば観光地として知られる名瀑に行くことができる住宅街に住む伊藤家は、家族団らんの時を過ごしていた。
長男・紘一さん(仮名・56才)の妻・恵里さん(仮名・50才)は、長女の由香子さん(仮名・25才)と居間のこたつに入り、テレビ番組を見ながら笑い合っていた。
そこに、居間のふすまを開ける音が聞こえた。恵里さんは夫が居間に入って来たと思って微笑みながら振り返る──しかし恵里さんの笑顔は引きつった。
そこに立っていたのは夫ではなく、刃渡り19cmのなたを握りしめ、すさまじい形相を浮かべた義母のキヨ(仮名・80才)だったからだ。
ただならぬ殺気を感じた恵里さんはキヨから逃げようと背を向けたが、すぐに後頭部に衝撃を受け、生あたたかさを感じた。
目の前の畳にぽたぽたと音を立てて落ちる赤いものが血だと恵里さんが気づいたとき、由香子さんが悲鳴をあげ、自分が義母に襲われたのだとわかった。
「由香子さんの110番通報を受けて駆けつけた警察官によって、キヨは逮捕されました。恵里さんはすぐに病院に運ばれ、命に別状はないものの、後頭部に全治約2週間のけがを負いました」(地元紙関係者)
事件の数年前から食事はキヨと息子一家で別々だった
「紘一夫婦と孫が私の悪口を言っていると思った」──。
逮捕後の取り調べでキヨは、自分が息子一家に避けられていると感じていたと供述。
キヨは息子夫婦と2人の孫との5人暮らしだった。しかし、キヨは自分の家でありながら、息子一家に距離を置かれていたという。
「恵里さんとキヨとの間には溝があり、日頃から折り合いが悪かったようです。事件の数年前から食事はキヨと息子一家で別々にするなど、お互いに歩み寄る機会がなかったといいます。孫たちとも交流ができないキヨは、その原因は恵里さんにあるという思いを深くしていったようです」(前出の地元紙関係者・以下同)
そして事件当日の夜を迎える。ひとりで食事を終えたキヨが自室で静かに過ごしていたところ、居間から笑い声が漏れてきた。
“私の悪口を言って3人が笑っているに違いない。こんな目に遭っているのも、あの嫁が皆を私から遠ざけているからだ。すべての元凶である嫁を殺すしかない”―そのような憎しみを抱いたキヨは倉庫に行き、なたを手に取り、静かに居間へと向かった。
殺人未遂の罪で起訴されたキヨは、裁判で事実関係を争うことはなかった。
「裁判長は、“家庭内での孤立は長男の嫁のせいだと邪推し、話し合わずに一方的な憎しみや怒りを募らせたことによる犯行は短絡的で身勝手である”と指摘しました」
一方で「高齢者であり、反省の態度も示している」「計画的ではなく、被害者の妻も寛大な処分を求めている」こともあり、キヨには懲役3年、執行猶予5年の判決が言い渡された。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年10月29・11月5日号