2021年4月1日、「70歳就業法」とも呼ばれる「高年齢者雇用安定法」の改正が施行され、70歳までの就業機会の確保が企業に努力義務として課されるようになりました。定年後は再雇用制度を使って今の会社で働き続けるのか、年金はいつからもらうのか、老後の選択が多様化しています。そんな今だからこそ、社会保障制度の知識を身につけて自身に合った選択をしたいものです。
今回は、年金と失業給付を同時にもらうことができる可能性を、特定社会保険労務士の小泉正典さんの監修のもと紹介します。
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原則、失業給付と年金は同時にもらえない。雇用保険の失業給付は64歳まで
雇用保険の失業給付は、65歳になると受給資格がなくなります。64歳(法律上、65歳の誕生日の2日前)までに退職した場合に、雇用保険の失業給付(基本手当)をもらうことができるからです。60~64歳の失業給付は、最大で240日分、170万3040円(基本手当日額の上限で計算、上限額は毎年変動)となります。
また、厚生年金をかけてきた人は、60~64歳で「特別支給の老齢厚生年金」をもらうことができますが、原則として失業給付と年金は同時に支給されません。基本手当をもらっている期間は、「特別支給の老齢厚生年金」が全額支給停止になります。
65歳からは「高年齢求職者給付金」
65歳になってから退職すると雇用保険の失業給付がもらえない代わりに、「高年齢求職者給付金」として一時金が支給されます。もらえる金額は、最大で50日分、33万8000円(基本手当日額の上限で計算、上限額は毎年変動)しかもらえません。ただし、60~64歳までの「特別支給の老齢厚生年金」は全額受け取ることができます。
鍵は65歳の誕生日…失業給付と年金を両方もらえる!?
原則として64歳までの失業給付と年金は同時にもらうことができませんが、退職する時期等により、両方受け取ることが可能な場合もあるのです。
申請できる人は、65歳になる前が退職日で、年金受給開始が近い人。65歳の誕生日を迎える直前に退職すると、失業給付と年金を同時に受け取ることができます。もちろん、働く意志があることが前提となります。例としては以下のようになります。
【1】65歳になる前、(遅くとも2日前)に退職する
法律上は誕生日の前日に年をとります。つまり、誕生日の前々日である64歳のうちに退職することで、雇用保険の基本手当を受け取る権利が発生します。ただし、会社によっては「65歳の誕生日が定年退職日」などと退職に関する規定があり、退職金がもらえなくなったり、退職金を減額されたりする可能性があります。事前に会社の規則を確認し、担当者に相談しておきましょう。
【2】離職票、マイナンバー等必要な書類を揃えてハローワークに行く
ハローワークで失業給付の手続きをします。離職日は64歳なので、手続き上は失業手当を申請できます。自宅での待機期間や、求職活動など所定の手続きが終われば失業手当が支給されるでしょう。もちろん働く意思があることが前提です。64歳までに支払われる「特別支給の老齢厚生年金」とは期間が重ならないので、両方を受け取れます。
【3】65歳からの「老齢基礎年金、老齢厚生年金」を請求する
65歳からの老齢基礎・厚生年金に関しては、支給開始年齢になる3か月前に年金事務所から「年金請求書」(冊子またはハガキ)が送られてきます。ハローワークで失業手当をもらえる権利を得てから年金事務所に行くと、両方を並行してもらうことができます。また年金は、権利が発生してから5年以内なら過去の分もまとめて請求できます。
失業給付と年金を両方もらうと、約100日分も差が出る!?
実際に、65歳直前に退職して失業給付と年金の両方をもらう場合と、65歳以上で退職した場合を比べてみましょう。
・65歳になる2日前に退職したAさんのケース
8月1日が誕生日で20年以上被保険者だったAさんは、誕生日の前々日である7月30日に自己都合で退職。離職票が届いた2週間後にハローワークに行って手続きをしました。65歳になる前に退職して、65歳になった月以降に求職の申し込みを行っているので、最大で約106万4400円(※150日分)の基本手当を受け取ることができます。年金の支給停止はありません。(※解雇の場合が240日、自己都合なら150日が最大です)
・65才歳になってから退職したBさんのケース
Aさんと同じく、8月1日が誕生日で20年以上被保険者だったBさんは、65歳以上で退職したで高年齢求職者給付金が1回限りの一時金として支払われます。金額は最大約33万8000円(50日分)。BさんもAさんと同じく、年金の支給停止はありません。
社会保障制度に関しては、しっかりした情報を知らないだけで損することも少なくありません。必要な知識を身につけて、よりおトクな選択をしましょう。ただし、定年前に「自己都合退職」することで退職金が減額となり、その方が損となることもありますので、失業給付や年金だけでなく、さまざまなことを確認し、慎重に判断をするようにしましょう。
※手続き内容をわかりやすくお伝えするため、ポイントを絞り編集しています。一部説明を簡略化している点についてはご了承ください。また、令和3年8月10日時点での内容となっています。
→老齢基礎年金の受給要件・支給開始時期・計算方法 – 日本年金機構
◆監修:特定社会保険労務士・小泉正典さん
こいずみ・まさのり。特定社会保険労務士。1971年生まれ、栃木県出身。明星大学人文学部経済学科卒。社会保険労務士 小泉事務所 代表、一般社団法人SRアップ21理事長・東京会会長。専門分野は労働・社会保険制度全般および、社員がイキイキと働きやすい職場作りのコンサルティング。監修書に『社会保障一覧表』(アントレックス)、『「届け出」だけでお金がもらえる制度一覧』(三笠書房)など。セミナーや講演も多数行う。https://koizumi-office.jp/